音の話をちょっとでも 今何聴いてんの? YUKI

今週はYUKIを聴いています。
YUKIを初めて知ったのは、高校時代に女友達がジュディマリを推していた事が始まり。
何々?外人さん?
洋楽?
ジュディーさんとマリーさん?

聴かせてもらったらキュートな声の女性ボーカルバンドだった。
ただし!
ボーカルのYUKIの声が個性的で可愛いのに対し、ギターがギャンギャンなってるバンドというイメージで(たまたま聴いた曲がそうだったのかもしれないが)、YUKIの声を殺してしまっている感があって、勿体ないというか、何を表現したいのか分からないバンドという印象。
ちょっと好きじゃなかったから、代表曲以外は知らない状態が続いた。

ジュディ&マリーが解散して、YUKIのソロ活動が始まった頃、タイアップなのか、楽曲発売のCMなのかは覚えていないが、結構いい感じに落ち着いてきたなと感じるようになった。
それでも聴かなかったのだが、職場の後輩がYUKIが可愛い可愛いって感じで、写真集を見せられた記憶があります。
確かに可愛いよね。
美人よりも可愛い人が僕は好きなので、YUKIは素敵だと思います。
ちょっとロリータフェイスだけどね。
後輩が夢中だったので、この時もちょっとドン引きで、あまりYUKIには近づかず静観しました。

あれから20年以上の年月が経って、今やっとYUKIを聴いています。
ソロ活動になってから感じていた、いい感じの脱力感、浮遊感は健在でした。
やっぱり声が良いよね。
今や結構なお歳でしょうけど、そこは調べない事にした。
聴いてみたら、知っている曲が多いんだよね。
TVなどでタイアップが多かったのかな?
半分くらいは知っているんだよね。
後輩の刷り込みか?

中々良いんですよね。
改めてジャケットを見ると、やはり可愛い。
年齢不詳。
調べない。
最新アルバムのデジタル配信がチャート1位になったとニュースになっていたけど、良い感じだよ。
アイドルのように可愛いから聴いているわけじゃなく、音楽性も高い。
この最新アルバムは色々な人の編曲で構成されていて、新たな魅力が良く出ていると思う。

今こそ言おう!
あの後輩の目は音楽性というよりルックスで聴いていたと思うけど、YUKIは良いのである。
ロリ顔で年齢不詳だけどね。
良い音は良いと認めないとね。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病闘病記 2007.08 プログラマーになるべく動く

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・落ち着いて生活することができた。
友達の旦那さんの告別式から一日が経ち、有難うというメールが届いた。
これからは力になるという内容の他に、自殺しないように頑張るという内容のメールを返信した。
(人の告別式に出ると、不思議と生きないければという方向に考えるようになる。 死ぬまで頑張ってみるかと思えるからだろうか? 不謹慎なのだが。)

・落ち着いている。
友達からメールの返事が来なく、不謹慎な事を書いてしまったかと反省し、このまま返事が無く、関係が悪くなったら自殺しようと考えてしまった。
夕方に友達からメールがあり、その心配は無かったとわかり、ほっとする。
それ以外の時間はとても落ち着いていて、良かったと思う。

・ブログにうつ病の事を書く必要があるので、日記を読み返している。
読んでいると気分が悪くなってくるが、一方で今と比べて病状が良くなっていることに気付く。
うつ病は治る病気だと信じて頑張ろうと思った。
(こうして見返すために記録を取っているわけで、回復を実感できたのなら書いてきた意味があったという事だろう。)

・ちょっとした事で死のうを考えてしまう。
食器を洗えなかったから、愛犬の散歩に行けなかったから という些細な事でだ。
この気持ちは一生消えないのではないかと考えてしまう。
リタリンという薬とオーバードーズについての番組を見た。
リタリンは間違った使い方をすると、覚せい剤のような症状が現れ、やめられなくなるという。
番組では薬物依存の症状がある女性が、リタリンを絶つまでの様子が放送されていた。
精神科が投薬による治療に頼りすぎているという現状にできた闇の部分については初めて知ることばかりだった。
(薬に助けてもらうべきという考えだが、問題もあるのは確かな事。 自分で薬の知識を持って、先生に意見を言えるようになると良いですね。)

・ネットで見ることができるハローワークの求人広告を見ることができた。
自分が住む町にあるプログラム関連の仕事があり、学歴は高卒以上、経験不問、年齢が34歳まで、となっていてかなり良い感じ。
バイトなどをせずにいきなりフルタイムの仕事ができるか不安はあるが、検討する価値がある会社だと思う。
募集は8月31日までとあるので病院に行き、仕事ができるか先生に聞いてみようと思う。
(病気になった職業と同じ物をまたやろうとしているのはどうなのか?いまだに分からない。 こういう仕事が好きなんだろうと言うのもあるし、限界まで頑張っていないのに退職してしまったと言う事の後悔もあるから、チャレンジする事は評価していている。)

・食器棚にゴキブリが入っていくところを見たが、それが本物だったか自信が無くなってきた。
幻覚ではないかと考えてしまう。
日中に家の外から聞こえてくる話し声も、幻聴ではないか?と考えてしまう。
幻聴ではなくとも、自分の事を話しているのではないかと考えてしまう。
今度病院に行ったときに先生に幻視、幻聴について聞いてみようと思う。

・ハローワークのネット版で検索をしていると、同じ町にあって、プログラマーの仕事が見つかった。
プログラマーやSEの仕事は無理だと思っていたが、実務経験、経験などが不問なので、かなり敷居が低い。
プログラムはビジュアルベーシックで行うようだが、経験が不問なので、面接を受けてみようかと思っている。
今日、ハローワークに行き、この会社の情報をプリントアウトしてきた。
募集の期日は8月31日までとなっているので、検討してみようと思う。
(社会復帰を急いでいる感があるのだけど、大丈夫だろうか? ダメでも落ち込まないでいられるならば、面接を受けてみる価値はあるかと思う。)

・婆ちゃんの住んでいる街に行くのを少しためらったが、行ってみて良かった。
墓で眠っている爺ちゃんに僕の社会復帰がうまく行くようにお願いしてきた。
婆ちゃんと別れるときに、「身体に気をつけて」と言われた。
僕の病気の事は知っているのだろうと思ったが、気遣ってくれて嬉しかったし、頑張ろうという気持ちになった。
(自分のルーツである場所に行くとエネルギーをもらえるよね。 頑張らないといけないと思えるし。)

・病院がお盆休みなので、薬をもらいにいけない。
病院が開くのが金曜なので、それまで薬をもたせるために、今日は薬を飲まなかった。
明日は薬を飲むようにするが、調子が悪くならないか心配だ。
毎回薬が切れてから病院に行くようになっているので、早め早めに病院に行くようにしたい。

・薬を飲んでいないからか、身体が重く、午後は眠って過ごしてしまった。
薬を切らさないように、もっとしっかり管理をしたいが、いつも切らせてしまう。

・面接の時に着ていくスーツを買ってきた。
社会復帰する過程にあっても、気分が悪くなるようなことはなく、安定している。
この調子なら、履歴書を書いたり、写真を撮ったりする時も、問題なくおこなえそうだ。
(不思議と社会復帰する恐怖心や不安が無かったよね。 平常心を保てたのはすごい事かと思う。)

・一日中安定して過ごすことができた。
お盆が終わったら、就職活動を再開することに決めているが、恐怖心は無い。
職に就けるかは、微妙かもしれないが、やれることはやっておこうと思う。
近いうちに履歴書に使う写真を撮ってきて、履歴書も買ってこようと思っている。
夜、両親と夕食を一緒にとったときに、お盆が終わったら就職活動を始めるということを教えた。
この話を聞いていないかのように、何も態度を変えずに僕と接してくれるとプレッシャーがかからず助かると伝える。
コンピューターの仕事を狙っていると言ったが、同業種を選んだことについては反論は無く、賛成してくれた。

・明日の義理の父親の告別式の後に組内の人達に食事を用意した時に、親族代表の挨拶をしてほしいと、帰宅後妻から電話があった。
強いプレッシャーを感じ、辞退したいと妻に言う。
断った後に、無理してでも応えた方が良かったのでは?と考え、自分を責める。
(否、プレッシャーになる事は全て排除しよう。 身内の頼みでも無理だと思ったら遠慮なく断るべき。 正しい判断だったと思うよ。)

・午後から病院に行き、薬をもらってくる予定だったが、出発の時間になると身体が重くなってしまい行くことができなかった。
明日こそ病院に行きたいが、行けるかは自分でも分からない。

・夕方から病院に行くつもりだったが、身体が重くなり行くことができなかった。
明日こそ行きたいが、気負うとまた行けなくなるので、あまり考えないようにしたい。

・病院に薬をもらいに行ってきた。
一番聞きたかった”面接の時に、仕事をしていない期間をどう説明するか?”について聞いてみると、病気の事は話さない方が良いだろうという意見だった。
また、友達の旦那さんと義理の父親が続けて亡くなり、死ぬとはどういうことか?残された遺族はどう感じるか?について聞いた。
やはり残された人達は傷が残るという考えで、妻の事を心配してくれた。
仕事は、バイトから始めた方が良いという意見だったが、プログラムの会社に面接に行く気持ちは変わっていない。
日にちがもう少しあるので、少し考えてみるつもりだ。

・一日中眠って過ごす。
薬を飲まないと死にたくなる事から、薬がないと生きていけないような人間なんだなと感じ落ち込む
自殺方法などについて回らない頭ながらも考え続ける。

・本屋に行くことができたが、服装には無頓着だったかもしれない。
外見に興味を示さないのはうつ病の症状の一つなので、少し心配だ。

・愛犬がTVに出演することになり、ソワソワしながら一日を過ごした。
夜から24を見て、時間が過ぎるのが早く感じる。
薬もきちんと飲んでいるので、死にたくなる衝動に駆られることも無かった。

・履歴書に貼る証明写真を撮りに行く予定だったが、身体が重くなってしまい行くことができなかった。
面接を受けようとしている会社の求人の期限が月末31日までなので、急がないといけない。
明日こそ、写真を撮りに行き、余裕があるのなら、ハローワークに行きたいと思っている。

・証明写真を撮りに行き、一旦帰ってきて着替え、ハローワークに行くことができた。
社会復帰できるかはわからないが、恐怖を感じることも無く、手続きをこなすことができた。

・一日を通して落ち着いて生活することができた。

・明日の面接の前日なので、緊張気味に過ごす。
履歴書を書かないといけないが、気が重く書くことができない。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病闘病記 2019.02.14 結構動いてる

1年間の休職をするわけですが、結構動いています。
バイトの話じゃなく、本業ね。
仕事は回さないから休養に専念してという事だったが、僕しか出来ないことがあるし、僕がやった方が絶対上手くいく事があるのです。
早いしね。

まず、お得意さんの公式HPを修正しました。
今時の知識が無くて思い通りにデザインができるタイプじゃ無くて(モリコウイチロウのCM嫌いw)、HTMLを手作業で書き込んでいくやつね。
こんなの他の人に頼めないよね。

次に会社で使う封筒をデザインしました。
2018年版のデザインが好評で、2019年版はどう来るのか楽しみにしている人が多いと上司から言われたので、年も明けちゃって2月だけどやります!と買って出ました。
結果とてもお洒落な物が出来まして、会社に遊びに行って、お客さんに手渡ししてきました。

さらに、レコーディングもやってきました。
すでに2回レコーディングしていて、あと数回やります。
さらにCDの盤面のデザインも買って出ました。

すべて無報酬です。
休職中に適度に刺激をもらっているし、本業の音の仕事では無くサブスキルのデザインの事ですからね。
お金じゃないし、楽しんでやらせてもらってます。
何より職場に顔を出す口実ができ、心配してくれているお客さんと再会して笑いあったり出来る事がありがたいです。

いきなり仕事に来なくなった事で、色々と憶測が飛び交っているようですが、Masaは健在だし、辞めてないって事を発信できる事でもあるので、助かってもいます。

おかしな物で、趣味で音楽をやるか、絵をやるか悩み、とりあえず音楽を習ってみるか?と思ったら、それが仕事になって、今、音楽もデザインもやっているというね。
どちらも正解の無いアートの世界だから、つまらないわけがないよね。

まぁ、色々と忙しく動いています。
動いているから、少し痩せたしね。
痩せたのが一番嬉しかったりするんだけどさ。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

道草小噺 色々と考えて落ち込んでしまった帰り道

自宅から車で2時間以上かかる場所に、父方の婆ちゃんが一人暮らししている。
一昨日、怪電波が2件、電話通信障害が1件、1日の間に起こったのですが、原因はどれも不明。
突き詰めて考えれば考えるほど、有り得ない事ばかりで気味が悪い。

この日、父が婆ちゃんの家に行ったのだが、去年ばあちゃんに会った時よりもかなり足が弱ってしまったと聞いたので、何だか嫌な事のサインのような気がして、翌日の昨日、僕が婆ちゃんの家に行く事にした。

この日の気温が寒かった事と、足が弱ってしまっている婆ちゃんを外食に連れて行くのは無理があるので、コンビニでお弁当やおやつ、お茶などを購入して、家に押しかけた。

メガネをかけていた事や、正月休みですっかり太ってしまった事で、一瞬ばあちゃんは誰が来たのか分からなかったようだが、自分の名前を言うとやっと安心した表情を見せてくれた。
聞いていたよりも、口調はしっかりしているし、食欲もあり弁当も完食。
一安心した。

だが足腰はかなり弱っているのが明らかで、普段の生活も大変なのではないか?と容易に想像できる。
買い物にも行けないから、お隣さんや叔母に協力してもらっているようだが、しょっちゅう頼れないので、食べる物が無い日もあると言っていた。

婆ちゃんの面倒を見てくれているお隣さんがやってきて、僕に遠いからマメに来れないのは分かるけど、電話くらいはしてやってくれと珍しく意見を言われた。
家族じゃない人から、息子の父にではなく、孫に直接話をしてくるのだから、余程の事だろう。

それからずっと考え込んでしまった。
自分に出来る事とは? 父がやるべき事、などである。
電話は父の携帯からでないと出てくれないので、僕のスマホからかけても電話に出てくれないのも難しいところである。

父も婆ちゃん宅まで2時間以上かかる事をどう思っているのか分からないが、あまり婆ちゃんの面倒を見ているとか、気遣っていると言うイメージは無い。
それがどうにも許せなく、またこのまま婆ちゃんに何かあれば、父は一生後悔するだろうし、兄妹からも反感を買うだろう。
僕も出来る事はするつもりだが、父が先頭に立って行動するべきだと思う。

帰宅してすぐに父に思った事を話した。
父も婆ちゃんが弱ってきている事は良く理解しているので、珍しく素直に僕の話を聞いてくれた。
月にどれくらいの頻度で行けるかは分からない。
ガソリン代もかなりかかるし、父の体力的にも負担になるだろう。
だが、食材や消耗品などの買い出しは出来るだけしてやるべきだと話をした。

どのようにするかまでは聞いていないが、夜、母と父で話をしたようだった。
父が孫の面倒を見ている日があるので、姉と話しもしないといけないだろう。
でも、うちの家族全員が婆ちゃんを支えるべきだと思っているし、話はこじれないだろうと思う。
僕も行ける時はなるべく行くようにしたいし。

婆ちゃんの孤独を考えてしまって、気持ちが落ち込んだ1日だったが、これからどうするかが大切なんだと思う。
父が変わってくれる事を願います。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病闘病記 2007.07 落ち込み気味なひと月

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・落ち着いている。
この調子でいきたい。

・昼間眠ってしまったが、気持ちは落ち着いていた。
薬があと1週間分しかないので、今度こそ早めに病院に行くようにしたい。
(もう何回切れる前に病院に行くって宣言していて行かないパターンを繰り返してきたか。 行かないといけないのは思っているけれども、行けないんだよね。)

・昼間眠ってしまった。
夕方から元気になり、計算表の修正をすることができた。
なるべく早起きをして、朝から活動できるようになりたい。

・入力文字が変換できない問題を一日中調べたのだが、集中力が続かない。
いつものように、夜になって元気になる。
一日中集中力が続くようになりたい。
(集中力が続かないのは辛いよね。 その内良くなるから、やれる事をやろう。)

・ジムに通うために家を出るが、近くに行くと体が重くなってしまい、近くのスーパーの屋上駐車場で眠る
寝ていて目が赤いので、帰ってきてからすぐに愛犬の散歩にいって、ごまかす。
ジムに行けと両親、妻の両方から言われ、ノルマのようになっていて、体が重くなってしまったようだ。
(体を動かした方が病気に良いだろうと言うのは分かるのだけど、そう簡単に動く事は出来ないんだよね。 周りは良かれと思って言っているのだろうけど。)

・道路に飛び出して自殺しようとする夢を見る。
駆けつけてきた家族に対して申し訳ないという気持ちは無く、死にきれなかったことへの悔しさだけが残った。
(死にたくなるのだけど、死にたい死んじゃいけないと葛藤していたよね。 ツライよね。)

・日中死ぬことを考えて過ごす。
病院で仕事の話をされることを考えていた。
先生は自分の状態を見て仕事ができると判断しているようだが、実際の状態とギャップを感じる。
その事を先生に言うべきか考えている。
(まだ働けないとまだ言っていないんだね。 早く言ってしまった方がいいと思うよ。)

・落ち着いて生活することができた。
うつ病のことをブログで告白するか悩む。

・畦道通信でうつ病の事を公表した。
週1回のペースで病状をお知らせすることにする予定。

・一日を通して安定して生活することができた。

・薬もちゃんと飲んでいるからか、調子が良い。
しかし、ブブ彦の散歩のために外に出かけるのは、エネルギーが必要。
日中に寝てしまうので、眠らないように心がけたい。

・昼間眠ってしまったが、死にたくなることは無く、安定していた。

・今日も安定している。
8時に起き、ごみ捨てと愛犬の散歩に行くことができたし、本屋にも行くことができた。
昼寝もせず、LOST鑑賞ができた。
死にたいと考えることも無く、非常に安定した一日だった。
(充実した1日だったね。 先日死にたくなったのに、今日は動ける。 こう言う感じに振り回されるよね。 体調の良い日を楽しもう。)

・友達が怖くて電話もメールもすることができない。
携帯をソフトバンクに買え、番号とアドレスが変わったと連絡した時に、友達からの返事が無かったので、自分を無視いていると思っているからだ。
妻が友達に連絡をしてくれて、今回は助かったが、友達の旦那さんのお通夜で友達と顔を合わせるのが怖い。
(別にトラブっているわけじゃないのに、友達が怖い。 意味がわからないよね。 当時はすごく怖かった記憶があるけど、何んであんなに怖がったりしたのだろう。)

・友達の旦那さんが亡くなり、お通夜に行ってきた。
友達は泣き崩れていて、目を合わせることができなかった。
自分が自殺したら、残された人たちはこうなるのかと思い、自殺しなくて良かった、これからも自殺はしないように死にたくなる衝動に負けないようにしようと決意を新たにした。
32歳の若さで無くなった旦那さんの事を考えると、命とは何なのかわからなくなった。
もっと生きたくても生きられない人がいるのだと理解し、自分は苦しくても生きなければならないと思った。

今日も畦道通信に来てくれたありがとう。