僕とうつ病 闘病記 弟を失って 49 あれから2年が経ちました

今日は弟の命日です。
あれから2年が経ちました。
この2年は、あっという間だったような気がします。
1年目は、先に死なれてしまい僕が死ねなくなってしまった事を嘆いていました。
しかし、それは自分勝手な考え方だったと今では思っています。
自分が死ぬかどうかよりも、兄として、遺族として弟の冥福を祈ってやるのが筋だろうと思うのです。

弟の後を追いたいと思う事はほぼ無くなり、弟との楽しい思い出を考えながら、甘い物を供えています。
そう思えるだけでも僕は前進したのでしょう。
弟は前に進むのをやめてしまったわけですが、それについてアレコレ考えてもしょうがない。
僕は僕の生きる道を探さないといけないはずです。
弟の死によって、病気が戻ってしまった感もありますが、いい加減に前を見ないとね。

最近は、遺書を書いた事が嘘のように気持ちが晴れ晴れとしています。
一歩ずつ前へ!
ゆっくりでもいい。
ただただ前へ突き進むだけです。

僕とうつ病 闘病記 弟を失って 48 自殺者の死後の世界

弟が亡くなってもうすぐ2年。
弟は今どうしているのか?
苦しみから解放されて、楽になっているのか?
地獄に落ちて、今も苦しんでいるのか?

現世にいる僕には、その様子を知りようも無い。
「自殺 死後の世界」で検索すると、結構な数のサイトが、自殺した場合、その後、本人はどうなるのかについて書いている。

興味深い事に、外国人の話も、日本人の話も、どのサイトでも、自殺者の死後の世界は真っ暗闇の場所に落ちていくという共通点があった。
何処までも広く、何も無い。
時間も年月日も分からず、ただただ苦痛だけを感じるそうです。

この様子は、全て、降霊術?で霊媒師に憑依させて、自殺した人の話を書いているのですが、共通して、自殺者は死後、暗く、冷たく、苦しい という事を話すそうです。

この苦痛は、生前抱えていた苦痛よりも、ずっと苦しいもので、それが永遠に続くかのように感じるそうです。

何処までこの話を信じるか?なのですが、自分にも分かりません。
戒めとして、自殺すると地獄に落ちる と言っているのか?
本当の話なのか? は分かりません。

脳という臓器が物を考え、行動しているわけなのに、死後、肉体が無くなっても、その人の人格や記憶が残るのはおかしいと思うのですが、弟が亡くなった後、不思議な出来事も起きていて、霊という物は存在すると、思わざるを得ない事も、ここに書いておきます。

そして、最近は体調も良い事もあって、自殺して全てが終わると思っていたのに、死後、更に苦しむなんて、ごめんだね。
各サイトに書かれていた、苦痛の数々に比べたら、自分の苦しみなど、大したこと無いのではないか? と思える。
でもそれは、今体調が良いからなんだけど・・・・
そのうちまた悪い波がやってきて、地獄に落ちても構わないから、死にたい。とか思うようになると思います。
その繰り返しかなぁと。

とりあえず、死ぬのはやめておこう。
なるようになる。で行こうと思います。

僕とうつ病 闘病記 弟を失って 47 弟の遺書に欠けていた物

昨日は弟の誕生日でした。
甘い物が大好きだった弟へとケーキを買ってきて供えました。
そこで母が口を開きました。
弟の遺書はあったし、死後の身辺整理については、それこそ事細かく書かれていた。
だが、両親や家族にたいしての謝罪が書かれていない事が悲しいというのです。
ハッとしました。
自分の遺書にも謝罪の言葉は載っていないからです。

死を目の前にして、完璧な遺書を残す事は至難のわざなのかもしれません。
でも確かに謝罪は必要かなと思います。
死を選んだ理由は一生本人にしか分からないのだと思います。
でも遺書で謝罪はできるはず。

僕の遺書は大幅に書き換えようと思います。

僕とうつ病 闘病記 弟を失って 46 自殺者の話、ばかやろ~

今日は友人達にBBQに誘われました。
終始和やかに進んだのですが、「○○の店の両親が自殺したらしい」という話になった。
話自体はイイ。
そういう事も年間3万人も亡くなっているのだから、一県で毎日2人自殺している事になるからだ。
当然のように話に上がるだろう。

それ自体はいい。
問題は、その態度が悲しかったからだ。
皆、怪談話でも聞くかのように、半分冷やかして、「○○の店で死んだの?」とか「本当に○○で自殺があったんだってば」と、笑いながら話していた。

身内に自殺者が出るって事は、こういう件にも耐えていかないといけないのかと、愕然とした。
姉が職場で、自殺の話が出て辛いと話していたが、こういう事かとやっと理解した。
友達が悪いのでは無い。
自殺する者が悪いのである。

自殺者がいなければ、こんな苦労も悲しみも味わわなくてすむのかだら。
弟には馬鹿野郎と言いたい。
僕の家ではお盆は一日早く始まるので、今日13日に、仏さまを連れて帰ってきました。
金田のバイクを用意して、無事家に到着しましたが、頭にきますし、悲しい。

お前のせいでどれだけ、苦しめばいいのか?
答えがあるなら教えて欲しい。
10年苦しめばいいのか? 一生なのか?
次は自分が死ぬ番だと考えたりしていたけれど、そうとう愚かな考えだよね。
弟に対する怒りと、自分への戒め、色々と考えます。

僕とうつ病 闘病記 弟を失って 45 戸籍謄本に弟の記述

Pちゃん(父)が定年になり、色々と手続きが必要になりました。
戸籍謄本を取る必要があったのですが・・・・
謄本に弟の記述がありました。
除名とあり、理由に「死亡」と書かれてました。

なんだか物凄くショックを受けました。
亡くなった事は分かっているつもりです。
冷たくなっている弟に触れたし、骨も拾ったし、納骨にも立ち会いました。
でも、まだまだ死んだなんて受け入れられないのです。
ひょっこりまた東京から帰ってくるような気がするのです。

そんな感覚の所に、「死亡」の二文字が目から入ってくる。
容赦なく、傷口に塩をすり込まれた気持ちです。
母もそれを見て、涙を流していました。

いったいいつまで、苦しめばいいのでしょう。
忘れる事などできませんから、一生何かにつけて、弟の死と向き合わないといけない事になるのでしょうね。

苦しいです。

先に死んだもん勝ちって事なんでしょうけど、僕が死ぬべきだったんじゃないか?と考えます。
ダメ人間で言ったら、僕の方だと思うし、僕が死んだほうが、悲しむ人が少ない。
でも、家から2人目の自殺者を出すわけにはいかないから、僕は死ねません。
だから苦しいのです。