僕とうつ病 闘病記 考えもがく苦しみ 198 ありがたい距離

随分と書くのが遅くなってしまったけれど、NHKでうつ病特集が放送されました。
うつ病の番組は別に珍しい事ではなくなりましたよね。
結構な頻度でうつ病特集をやっています。
それだけうつ病で苦しんでいる人が多いという事なのでしょう。

こういう特集の番組が放送されると分かると、パソコンで録画するようにして、一人自分の部屋で見るようにしています。
と言うのも、僕の病状に対して、両親から口を出されたくないからです。
うつ病特集を親と一緒に見る事になると、アレコレ言われてしまうから、一人で見るようにしています。

自分の子がうつ病になり、苦しんでいるならば、何とか助けてやりたいと思うだろうし、何かしら状態を把握したいという事もあるでしょう。
でも僕の場合、できる限りほっといてほしいのです。

病院に行き、薬をもらって帰ってくると、薬がどうなったのか? だけは聞かれます。
薬の量が増えた減っただけ、簡単に報告します。
病院で何を話して、何を言われたかなどは言いません。
僕が病気の話をするのが嫌だという事は、なんとなく両親も分かっているみたいです。

これくらいの距離感が、とてもありがたいです。
何も聞いてこない事で、僕の居場所が出来、安心して病気と向き合う事ができます。
両親は本当は僕の事をきちんと聞きたいと思っている事でしょう。
それを我慢して、僕の回復をじっくりと待っていてくれる。それだけでどれだけ僕が救われていることか。

そういう親の気遣いが分かるからこそ、早く病気に打ち勝って、恩返しがしたいと思っています。
今、僕にできる事と言えば、薬をきちんと飲んだり、規則正しい生活をすること、あとは、なるべく外に出るようにする とか、ちょっとした事だけ。
まったく恩返しはできてません。
早く社会復帰しなくては!と気持ちは焦りますが、薬を飲むくらいしかできない。

だから薬を切らしてしまうなんて、もってのほか。
でも体が重くて病院に行けない。
あぁ、まったく前進してないです。

僕とうつ病 闘病記 考えもがく苦しみ 197 やっと行けました

やっと病院に行く事ができました。

薬が切れてから2週間、薬を飲まなくても、死にたくなったり、病気が悪化する事がなかった事が不思議。
どうして平気なのかを先生に聞いてみたが、「ラッキーなだけだった」と言われる。
病気は治っている と言われるわけはないと分かっているつもり。
でも、薬の助けがあまり必要じゃなくなってきている くらいは言ってくれても と思っていた自分がいます。
病気が悪化しなかったのは、たまたま体調が良い波に当たっただけだったようで・・・
同じような事を以前も先生に言われてたっけ。
本当に薬が必要になるのは、社会復帰したときだ と。

悪化してから薬を飲んでも、効きだすのに2週間かかるので、なるべく薬は切らさずに、早く病院に来るようにと、ごもっともな事を言われてしまった。
まだまだ薬は必要という事でした・・・・・

その他には、病院に行かなくてはと思えば思うほど、体が重くなり起き上がれなくなってしまうとも伝えました。
この話について、先生何て言ってたかな? 良く覚えてませんが、特に何も言わずに、話を聞いていたような気がします。

薬に変更は無し。
朝:セレネース3mg、アキネトン1mg
夜:セレネース3mg、アキネトン1mg
就寝前:リーマス200mg3錠、ジプレキサ10mg、ハルシオン0.25mg

ブログの常連さんたち、心配かけてゴメンよぉ~

僕とうつ病 闘病記 考えもがく苦しみ 196 病院にいけません

薬が切れて3日が経ってしまいましたが、病院に行く事ができません。
薬を飲めない反動で体調が悪くなるかと思いましたが、なんともないし、死にたくもならない、自分を責める事すらありません。
もう病気は治って、何処かに行ってしまったのかと思いましたが、病院に行けない事を考えると、体調が良いのは、自分の部屋にいる時に限られるって事なんだと思います。
こんな無菌室で健康だと思っていてもしょうがないですね。
外に出ないとっ!

明日行くことにしよう、明日こそは行こう と毎日思い続けてダラダラと3日過ぎてしまいましたが、本当に明日行けるかは自信が無いです。
病院へは、車で1時間かかります。
到着しても2~3時間待ちです。

なので、病院に行くには元気がないと行けないのです。
ちょっとでも体が重いと無理なんです。

薬を切らしている状態は、ちょっと危険ですが、昔、断薬実験を勝手にやった事もありました。
あの時もなんともなかったので、薬が切れても意外と平気なんじゃないかと思っていたり。
でも、薬があるにこしたことはないので、なるべく早くに病院に行くように頑張ります。

僕とうつ病 闘病記 考えもがき苦しむ 195 社会復帰に向けての感覚的な話

相変わらず僕の引きこもり生活に変化はありません。
9年闘病生活を送っていますが、振り返ってみても、何も成し遂げられていないんです。

一番の目標の社会復帰は、いつになるか分かりません。
親の元で、ぬくぬくと生活をしているから、働かなければと思う事が少ないのでしょう。
これが一人暮らしでもしていたら、高い家賃を払わないといけないので、体調が悪かろうが働かないといけなくなる。
弟がそうでした。
僕は長男だからという事をいいことに、甘えた生活を送っています。

感覚的な事ですが、おそらく僕は今働いたら、また病気が悪化すると思います。
病気になった初期の頃より、病状は良くなりましたが、人が怖いのは相変わらずです。
これも感覚的な事ですが、一日3時間くらいで週2回くらいのバイトならできるかもしれません。
就職して、フルタイムで毎日働くのは、まず無理でしょうね。

社会復帰して、その後また辞める事になると、反動でかなり病状が悪くなると思います。
9年かけて準備した事が全くの無駄だったと思い、自分の存在意義を疑う事でしょうから。
何度も何度も働いては辞めるを繰り返すような事になると、どんどん、何をやってもまともにこなす事ができないのだと思うだろうから、病状は悪化するはずです。
だからそうならないためにも、一番最初に何を仕事に選ぶか?は重要です。

病院の先生とこの辺りの話は良く相談しておかないといけないと思います。
先生はたまに、そろそろ仕事でも と言うのですが、僕は無理だと思っているわけで、その辺りの見解の違いは無くさないといけないのかもしれません。
もっと腹を割って話さないといけないのでしょうが、僕はあまり病状を話さないので、元気になったと思われているみたいです。
病状を全て話しておかないと、処方される薬も違ってきてしまうので、もっと先生と話をしないといけないですね。

病状を話すのは、自分の状態状況を認める事になるので、辛い作業になります。
でも、そこを乗り越えてこその、社会復帰なので頑張らないといけません。
今回の話をそのまま先生に言えれば良いのですが、口にするのと、一人で書く事では負担が全然違います。
ブログではありのままの状態をお知らせする事ができるのになぁ。

近々病院に行く事になるので、今回こそは頑張って、先生と話をしてこようと思います。

僕とうつ病 闘病記 考えもがく苦しみ 194 病院に行ってきました

病院に行ってきました。
遺書を書き終えている事。
首を吊るためのロープを下見しに行った事。
の2点を話しました。

ここ2ヶ月ほど薬が合っていたのか、いい波の時だったのか、病院では調子が良いと言っていたところで、この話ですから、先生も首をかしげてました。
確かに死にたいと思うおもいは弱くなりました。
でも、別人格がいるようで、身辺整理を始めているんです。
そしてそれを、さらに別人格が第三者的に見ているような気がする。 と話した。

先生は弟さん、どんなロープ使ったの? と聞いてきた。
オレンジ色で細い物です。 と答えると、
細いのは苦しむぞ と言ってきた。
しかし、検死官の人が、苦しむと顔に湿疹のような物が出るそうだが、それが無かったから、弟は苦しくなる前に意識を失ったのだろう。

苦しくてしかたないから、死ぬしかないんです。と言うと。
死後の世界が楽だとは限らないよ。
死んだらどうなるか、だれにも分からないんだから。
死んでみて、今よりももっと苦しくても、生き返ることはできないから。
と話してくれました。

2人目の自殺者が出ないように、最大限の説得をしてくれているのでしょうが、それでも僕は死ぬような気がします。

薬は、数ヶ月前の調子が良かった頃の物に戻されました、
朝:セレネース3mg、アキネトン1mg
夕:セレネース3mg、アキネトン1mg
就寝前:リーマス200mg×3錠、ジプレキサ10mg、ハルシオン0.25mg