僕とうつ&統失 闘病記 2015.08 出勤出来ない日が増える、姉が本音を吐露

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・頭が少しフラフラするが、やらいでかのHPの編集が出来たので、
 まずまず回っていたのだろう。
 死んでしまおうとは思う事があるので、まだまだ油断は禁物だろう。
(ちゃんとやれているのに、死にたくなってしまう。
 病気の怖い所だよね。 現在でも今死のうって考える事があります。
 これは一生消えない考えなのかもしれないから、楽しい事をするようにして、楽しみながらマイペースに生活できると良いね。)

・薬を飲むようになってから、日に日に体が軽くなってきている。
 やはり薬の効果が出ているのだろうか?
 それとも良くなる波と同時に薬を飲んだだけなのか?
 統合失調症は治らない病気。
 一生薬が必要なのか・・・と考えると落ち込む。
(統合失調症も治せる日が来ることを願います。
 あとは偏見も無くなると良いな。)

・午後まで眠ってしまったが、身体は比較的軽く、
 もう少しで働けるくらいの感覚がある。
 今週末は姉を休ませる為に、僕が出る事になった。
 まだ土曜日は先なので、その日に向けて体調を良くするようにしたい。

・やや体が重く、洗濯をする事しか出来なかった。
 本当ならば、愛犬をシャンプーして、
 弟の親友へ渡す資料を作らないといけなかったのだが、それも出来ず。
 少しだけ死んでしまおうかと思った
(何か出来なかったら罰として死ぬことを考えるよね。
 死んでも何も取り返せないし、罪滅ぼしにもならないから死ぬだけ無駄になるよ。 もっと自分勝手くらいに人生楽しんだ方がいいよ。)

・眠気がすごく、移動中の車内でも帰宅してからもずっと眠ってしまう。
 夜の睡眠をしっかりとれば昼間眠くなくなるのかもしれないが、
 昼夜逆転の生活になってしまっているので、
 なかなか夜集中して眠る事が難しい。
(昼夜逆転の生活を直すのは難しいことだけど、何時になったら眠ると決めること。それを守ることしか直す方法は無いんじゃないかな。
本気で直そうと思っていないんだと思う。)

・体が重く、仕事に行く事が出来なかった。
 日曜に活動的になると、その反動が来るような気がする。
 一日のほとんどを横になって過ごしてしまい、また自己嫌悪に陥る。

・昨日、外出した事が原因なのか、体調があまり良くなかった。
 外出した翌日は、体調が悪くなる事が多いので、
 分かっていた事ではある。
 9時に家を出て仕込みをする予定を母と立てていたのに、
 9時に出かける事ができない。
 家を出たのは9時45分になってしまい、母と姉に迷惑をかけてしまった。

・一日中眠って過ごす。
 身体が重く、起きている事ができない。

・早朝から仕込みをして、疲れている所に姉から電話があって、
 姪の体調が悪いから、昼間の営業に出てほしいと言われる。
 疲れ切っていたので、無理だと断る。
 すぐに母から3回電話がかかって来たが、どれも出る事ができなかった。
 午後になって姉から、助けてよとメールが来た。
 母の電話を無視するなという言い分だったが、
 本音は無視などどうでも良く、とにかく店に出て来いという事なのだ。
 手伝える時は手伝うが、無理な物は無理なので、自分は間違っていないと思う。
(姉にも姪っ子にも申し訳ないが、どういう理由だろうと動けるならば出勤しています。 助けたい気持ちが無いわけじゃない事は分かってくれているとは思うが、キツめの言葉を言われ、普段からそう思っているんだろうなというのが見えてしまった。 自分抜きで回してほしい、自分はもう休みたい。)

・昨日めいいっぱい働いたから、その反動が来るかと思ったが、
 特に落ち込む事も無く過ごす事ができた。
 ただ、睡眠不足だったので、一日中眠く、起きているのがしんどかった。

・8月の病院に行ってきた。
 今回はカウンセリングについて先生がどう思っているのか?を聞いてみた。
 以前聞いたときは、カウンセリングに否定的な意見を言っていたが、今回も同じような事を言われるのだろうか?
 先「こんにちはぁ~ どぉ~でしょぉ~かぁ?」
 M「あんまり良くないです。 結構死にたくなってしまいます。」
 先「う~ん、どうしてでしょう?」
 M「仕事に出れない日は、自分を責めてしまします。 家族に迷惑がかかるので、追い込まれてしまって、死ぬしかないと考えるようになります。」
 先「幻覚、幻視、幻聴はどうかな?」
 M「幻覚はほぼ無いです。 幻聴が少しだけ聞こえます。
   家の庭、敷地に人が踏み込んでくる足音が聞こえます。
   仕事をしている時は仕事に集中しているからでしょうか?
   仕事の時に聞こえた事はありません。
   自室にいると聞こえるのです。
   家だけで聞こえる事はどういう意味があるのでしょうか?」
 先「幻覚、幻聴が現れる原因は分かっていないから、何とも言えないなぁ 虫がはっているのはどう?」
 M「ほぼ見えないですが、壁、周りがザワザワしているような感覚はあります。」
 先「セレネースを5㎎増やしてみよう。
   2週間くらいで効果が出てくるから、楽になれるはずだよ」
 M「あと、カウンセリングと言う物は、どんな感じなのでしょうか?
   受けてみた方が良いと思いますか?
   先生は以前、一通り話をしてしまったら、
   次からは話す事が無くなって、進展が無くなるよ
   とおっしゃっていましたが。」
 先「話をしたら、気持ちは晴れると思う。
   話はいくらでも聞いてくれるから。
   でも思考がまとまってない状態の人が話をしても、
   話が違っていて、適切なアドバイスは受けられないと思う。」
 M「なるほど・・・・」
 先「じゃぁ、今日は採血してってね。 お大事に!!」
 M「ありがとうございました。」
 と言った感じです。
 カウンセリングについて踏み込んで質問できなかったのは、頭が回ってないからかな・・・
 あと、うつ病の薬は体調が良くなってきたら減らしていってもらいたいけど、統合失調症の薬は、おそらく一生飲まないといけないかも と思っています。
 統失は治らないとされているからです。
 幻聴、幻覚がまたひどくなるのは辛いので、それだけでも抑えてくれる薬があるのなら、それは飲んでおきたいのです。
 今回の薬
 朝食後 セレネース1.5mg、サインバルタ20㎎、アキネトン1㎎
 夕食後 セレネース1.5mg、サインバルタ20㎎、アキネトン1㎎、ジプレキサ10㎎
 となりました。
 セレネースが1mg1から、1.5mgに増量した。
 これで幻聴が消える?と良いのだが・・・・
(先生はカウンセリングに反対だけど、僕は効果はあると思っています。
 実際にこの後カウンセリングに行って、体調が良くなった事もあります。
 興味があるなら飛び込んでみるべきだし、治そうと思っての行動なので
 やるべきだと思う。)

・問題なく早朝出勤する事が出来た。
 仕込みで疲れてしまって、ランチの営業もやる事になると
 大変だなと思っていたら、母が帰っていいと言ってくれた。
 疲れれているような顔をしていただろうか?

・連日の早朝出勤で、疲れてしまっている。
 仕込みが終わって帰宅して、すぐにダウンして眠るのだが、
 疲れが取れる事は無い。
(疲れが溜まっているよね。 無理をして出ているような状態なので、どんどん悪化するような気がします。 自分が出られない場合でも店が回るようにやり方を話し合う必要があると思う。 いざ出れないとなってからバタバタしているような気がするから。 リタイアするなら早い方が良い。)

・早朝の仕込みに行けないとトモ子に伝える。
 一日中自己嫌悪に陥り、自分を責め続ける。
 身体が動かないので、一日中眠って過ごした。
 食事をとってはすぐに眠る事を繰り返し、何もしない一日。
 最低だと思う

・比較的体調が良くなり、午後からパソコンで作業をするまでになった。
 しかし風呂に入ってないし、愛犬の散歩もなかなか行けずで、
 まだまだ本調子ではない。
 明日は新商品の試食があり、明後日からは提供開始とあって、
 いよいよ日中仕事に出ないといけなくなってきそうだ。
 こちらの体調の良し悪しに関係なく、ドンドン話が進む事が怖い。
 僕が出勤できないとお店が回らないのだが、僕抜きで回すような体制を
 作ってもらい、僕は体調が良い時だけ出勤するような形を望むのだが。

・朝から仕事に行くつもりだったが、仕込みの時間になっても動けず、
 営業時間になっても動けなかった。
 久しぶりに体調が悪く、起き上がって1階に行くだけで
 2時間以上時間がかかってしまった。
 今日は試食と写真撮影があったので、昼飯を食べに行くつもりで出勤し、 お昼を食べてから、30分眠り、それから仕込みをして帰って来た。
 帰宅は9時過ぎになってしまって、結構疲れた。
 明日は家を出るのが8時半という話なので、
 早めに起きて動けるか確認したい。
(だいぶ疲れているよね。 いつまでという期限は無いから、今後ずっとこの生活を続けていく事が果たして出来るのか? よく考えて、進退を考えるべきだと思う。)

僕とうつ&統失 闘病記 2014.09 記述が無い月、無理をしていたんじゃないか?

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・姉に今までで一番いい顔?イキイキした顔?に見えると言ってもらえた。
 随分と僕も快復してきたのだろうか。
 嬉しかった。

・9月の病院に行ってきた。
 月初めの金曜は混むらしいです。
 もろに当たりましたね。
 スマホでYouTubeを見て時間を潰します。
 僕の名前が呼ばれて、診察室に入ります。
 「どぉ~ですかぁ~」といういつもの切り出しの先生。
 「調子いいです」
 「調子はイイのですが、午前中に体が重くて、夕方になると楽になる、典型亭なうつ病症状です」
 「それと、病気が良くなったから薬は必要ないのではなくて、社会復帰する時こそ薬の力が必要だと先生が昔言ったのですが・・・」
 先生、完全忘れている(笑)
 「商売を始めると言う話をこの前したのですが、10月下旬か?11月上旬に開店となりそうです」
 「何をやるんだっけ?」
 「飲食店です。僕は厨房担当です」
 「先生に聞いても分からない事ですが、今の薬でやって行けそうですか?」
 「ダメそうになったら、すぐに病院に来るようにはしますが・・・」
 「ちょっと薬の量を増やしましょう」
 「薬疹は出てないよね?」
 「はい、出てません」
 「今自殺したら、お母さん耐えられないよね」
 「死なないように頑張ります」
 「じゃぁ、応援してます」
 「ありがとうございました」
 っというやり取りだった。
 薬は量が少し増えた。
 朝食後 : 無し
 夕食後 : ジプレキサ10g2錠、セルシン5㎎1錠、アーテン2㎎1錠、リーマス200㎎3錠(就寝前から夕食後に)、ラミクタール100㎎(これが25㎎から100㎎に増えた)
 朝食後も、就寝前も無くなったのは、楽ですが、この処方でイイのかなぁ?  まぁ、先生の事は信用しているので、言う通りにするだけですね。

・薬が効いているのでしょう。
 夕食後に飲む薬を飲むと、1時間〜2時間程で強烈な睡魔が・・・
 毎日寝落ちしていて、母が部屋の電気を消してくれているようなので、
 眠いと思ったら自分で部屋の電気を消して眠るようにしたい。

(病状の欄には何も書かれていないが、店の準備が着々と進められている。 看板を取り付けたり、食器を買いに行ったり、店の外観を塗装したり、食品業者と打ち合わせをしたりである。 病状の所には何もかかれていないから、きっと気を張っているのだろう。 この後どうなるか、自分は分かっているわけだが、やはり無理をした事が影響していくのだろう)

僕とうつ病&統失 闘病記 2014.08 店舗探しで出かけるのがしんどい

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・夜中に目が覚めてしまい、そのまま6時まで起きている事が影響してか、
 愛犬の散歩は10時頃に行くようになってしまっている。
 申し訳ないので、7時には行くようにしたい。
 それには0時には眠らないといけないだろう。
 夜更かしせずに眠る事ができるだろうか?
(昼夜逆転の生活は中々直らないよね。 深夜は快適だからしょうが無いような気もするけど。 愛犬の散歩だけ早朝に行けるなら起きていてもいいような気がする。)

・病院に行ってきた。
 前回の通院から1か月、どうだったか?と何も浮かんでこない。
 物忘れが激しいと言いましたが、少しはマシになったような感覚がある。
 でも完全に覚えられない。
 朝食に何を食べたか覚えていられないのは、改善した。
 少し時間がかかるが、なんとか思い出せる。
 副作用も無く、快適なのですが、薬を飲むと眠くなる事が問題か。
 1時くらいまで起きていて値落ちしてしまい、
 PCの電源を落とす事は何か月もやってないような気がする。
 相変わらず先生は「こんにちはぁ~ どぉ~でしょ~か?」と軽いノリ。
 「死にたくはならないです。 眠くなってしまって寝てしまいますが」
 と伝える。
 物忘れが少し改善したような気がするけど、それを言うのを忘れた。
 物忘れの話しをする事を忘れた・・・(笑)
 ラミクタールという薬なのですが、薬疹が出たら即飲むのをやめてね
 と脅されていましたが何も出なくて、僕の身体には合ってたみたい。
 それを伝えると、量を倍に増やすと言われた。
 本来この量で処方するのが一番効果が出るらしく、
 この量にしたかったようですが、なんせ副作用が危険なので、
 少量で様子を見ようという事だったみたい。
 この量にして調子が良くなったら、他の薬の量を
 減らす事ができるとも言ってくれたので、
 結構いい感じなのか?と思ってしまいます。
 先生が、僕は今よりも更に良くなる伸び代があると言っていてたので、
 薬が大幅に減るのか?とか、期待ばかりしてしまう。
 あまり妄想しないようにします。
 大したことにならなかったとしても、ダメージが少しで済むように・・・
 でも、僕はまだ上に行ける!!
 そう思えたら、解放されるような気持ちにもなります。
 客観的に様子を見るようにしないとね。
 さてさて、病院でお会計をしていたら、
 スタッフだけが利用するドアが開き、
 自転車を押しながら出て来る人物が!!
 薬を搬入する業者さんじゃないし、スタッフでもない。
 だって全身白の、何て言うの? 自転車に乗る人が着る
 ぴっちりしたハーフパンツみたいなのを着ていて、
 頭には流線型のヘルメット、
 ゴーグルをしていて、誰だかも分かりません。
 1分程考えて理解しました。
 先生だと。
 診察室で白衣を着ている先生は、ぽよぽよした身体だとばかり
 思ってましたが、この体型、かなり絞ってます。
 お腹など出てないし、何より足のモモの筋肉がムキムキ。
 ちょっと別人ですよこれは。
 そしてさっそうと、街の中に消えて行きました。
 かっこいい・・・ 不覚にもそう思ってしまった(笑)
 薬は先月とほとんど同じです。
 朝食後 : ラミクタール25㎎(これが増えた)
 夕食後 : ラミクタール25㎎、セルシン5㎎、アーテン2㎎、ジプレキサ10㎎2錠
 就寝前 : リーマス200㎎3錠
 です。
 果たして僕は、更に上に行けるのだろうか?
(先生のように外に出て身体を動かす趣味を持つ必要があるのかもしれないね。 現在も完全インドア派だけど、運動を趣味にできれば最高なんだけど。)

・レシピ作りがさほど苦にならずに、こなす事が出来た。
 回復してきているのか? 薬が効いているのか?
 それは分からないけれど、レシピ作りは問題なく終わった。
 この調子が続けばいいと思う。

・朝からお店の物件探しで、タバタバする。
 疲れたや、身体が重いとは、とても言えない。
 9時に家を出て、帰宅したのが14時頃なので、結構しんどかった。
 しかしお店を始めたら、このような事は言っていられないので、
 運動をするしかないのだろうか?
(運動したほうが良いね。 絶対にイイね。)

・セブンイレブンに寄り、スイーツを買い込んでしまった。
 買う事自体は構わないのだが、それを一気食いしてしまったのは
 いかがなものかと思う。
 満腹で胃が痛いと言うのに、食べてしまって、歯止めが利かなくなる。
 このパターンで何度リバウンドした事か。
 コンビニに立ち寄るのは止めにした方がよさそうだ。
(コンビニは駐車場に入ったら負けです。 ウィンカーをあげたらもう負けです。 前だけ見てコンビニの方を見ないようにする事!!)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ&統失 闘病記 2014.07 改善の余地がある事、社会復帰は雲行きが怪しい事

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・薬の影響なのか分からないが、日中物凄く眠い。
 我慢せずに眠るのだが、そうしてしまうと、
 日中ずっと眠ってしまう事になり、
 一日を無駄にしてしまったような感覚になる。
 ベットで寝ていないからか、熟睡できていないのかもしれない。

・7月の病院に行ってきた。
 今回も中々、濃いやり取りができた。
 先「どぉ~ですかぁ~」(いつもこの切り出し方だよなぁ)
 M「まずまずですが、少し死にたくなってしまいます」
 M「あと物忘れがひどくて、2時間前に行った犬の散歩の事を全く覚えてなくて、2回行ってしまいました」
 先「それは犬にとっては嬉しい事だねw」
 M「はい、僕の運動にもw」
 先「もっと物忘れをしないような処方にしていみよう」
 先「薬疹が出るかもしれないから、出たら飲むのをやめてね」
 M「わかりました」
 M「あと僕の病気は、昔よりも随分と良くなっていると思うのですが、今の状態が限界ですか? 更に良くなる余地はあるのですか?」
 先「ある。 良くなる」
 M「社会復帰に向けて準備をしているわけですが、この状態で戦わないといけないのか? この状態でどこまでできるのか? 気になるのです」
 M「あと、ストレスや恐怖に向き合った時、戦うべきですか? 逃げるべきですか?」
 先「全ての事に対して戦っていたらダメになっちゃうよ」
 先「ケースバイケースだね」
 先「じゃぁ、頑張っていきましょう」
 M「ありがとうございました」
 と言った感じ。
 さらに良くなる余地があると言ってくれたのは嬉しかった。
 もっともっと頑張って闘病しないといけないな。
 ちょっと死にたいのが気がかりだが、小さな波だろう。
 更なる高みを目指します。
 薬はラミクタールという薬が追加されただけです。
 薬疹が出るケースがあるらしいので、結構強い薬なのかな?
 朝 : 無し
 夕 : アーテン2㎎1錠、セルシン5㎎1錠、ジプレキサ10㎎2錠、ラミクタール25㎎1錠
 就寝前 : リーマス200㎎3錠
 新入りのラミクタールが、悪さをしない事を願うばかりです。
(更に良くなる余地がある。 それだけで希望が持てるよね。 実際現在はこの頃より良くなっている。 すべての事に対して戦ってはダメ。これを見てハッとした。 現在は結構全部を処理しようとしていないか? ホドホド宣言をしているけど、まだまだ頑張りすぎているような感覚はある。 気をつけよう。)

・姪っ子を抱っこさせてもらった。
 子供が怖いという気持ちは、ほぼ無くなり、抱っこする事ができた。
 病気がここまで回復してきた事も嬉しかったが、
 それよりも弟の死からずっと家族を失った事ばかり考えてきたので、
 新しい家族が増えた事がとても嬉しかった。
 少し涙ぐんでしまった。
(子供が怖くないという事になれるとは思っていなかったので、安心した。
 家族が増えたことも嬉しい。 病気は良くなってきているよ。)

・姪っ子を今日も抱っこした。
 怖さは全く無くなり、嫌悪感も無い。
 随分と良くなってきていると自分でも感じる。
 体は相変わらず重くて午後になるまでしんどかったが、
 夕方になるといつものように体が軽くなッた。

・体が少し重く10時まで眠ってしまったが、それからは姪っ子を見守り、
 その後、母と僕と甥っ子で、出かける事ができた。
 帰りに母に居抜きの物件を見に行きたいと言われたが、
 ちょっと体がしんどくなってきていた。
 結局、まだ行くのは早いという事で行かない事になったので良かった。
 帰って来てから姪っ子を抱く事も出来た。
 子供、赤ちゃんに関しては全くと言っていいほど抵抗が無くなっている。
 とても良い事だと思う。
(社会復帰に関連する事の話が進むとしんどいのは、どこかで無理をしているから。 そしてそれを母に言わない事も問題で、これは後々事が大きくなってしまってからが大変になる。 何でも話せる関係になっておくことの大切さを感じます。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病&統失 闘病記 2014.06 不安でしかない復帰、かなり無理してる、それを誰にも話さない

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・体が少し重い。
 レシピ作りもしんどくて、立っているのが辛い。
 もっと頑張らないといけないのだろう。
 もっと意欲的にならないといけないのだろう。
 でも気持ちとは反対に体は重くなる。
 意欲を出す薬を減らしたことが原因なのだろうか?
(無理しているね。 ガソリンが無いのにアクセルを踏んでも動かないよ。 身体も頭も壊れてしまいそうで心配です。 もっともっととなってしまうのが一見頑張っているようでもあるが、間違っている部分でもあると感じる。 きっと根を詰めすぎなのだろう。 この反動は必ず来るから心配です。)

・6月の病院に行ってきた。
 今月は何を話すか?
 まず、薬が減った事の影響か、体が重く感じ、午前中に起きられ無い事。
 レシピつくりは無理を隠してやっている状態。
 この状態で頑張ると、乗り切れるのか?無理なのか?
 そのあたりを聞いてみたかった。
 出来る事ならば薬は元の量に戻して欲しくない、でも体は動いてほしい、そういう無茶を言う事になる。
 もう一つ。
 問題というか、不安
 物忘れがひどいのです。
 実感するのは朝食を食べた時。
 美味しくいただいて、自分で食べた食器は自分で洗うのですが、何を食べたか思い出せない。
 食事をした事は覚えていますから、アルツハイマーではない。
 が、空の皿を見ても、そこにさっきまで盛り付けられていた物が思い出せない。
 朝食って言ったって、昨日の夕食の残り物だ。
 昨晩食べた物の中の何かなはずだが、5分前の事が思い出せない人間が、昨晩の事を覚えていられる訳がない。
 ただ空の皿を眺めるばかりである。
 これは薬の影響なのか? 病気の症状なのか? 別の病気なのか?
 このあたりも聞いてみたかった。
 今回は2時間半待ち。
 まぁ、早い方かな。
 いつものように名前を呼ばれて、診察室に入る。
 先「ちょ~し、どぉ~ですかぁ~」
 M「薬を減らしましたよね。あれの影響からか、体が重くなってしまってます。」
 M「薬が減った時は、嬉しくて、やってやるという気持ちで前向きになったんです。」
 M「できるなら、薬はもどしてほしくはないのです」
 M「薬は元に戻すことになりそうですか?」
 先「う~ん」
 先「ジプレキサを減らしたんだよね?」
 M(だから薬の名前は覚えられないつ~の)
 先「それを戻そう」
 M「それと先生、物忘れが激しくて、朝食に食べた物が思い出せません」
 先「食べた事は覚えているの?」
 M「それはまぁ、食べたから食器を洗ってるわけで、覚えているというか理解しているというか」
 M「でも、5分前、下手したら3分前の事に食べた物が思い出せません」
 M「これは薬の影響ですか? 病気の症状ですか?」
 先「薬の処方を変えよう」
 先「リーマスを増やしてみようか」
 先「こっちの方が記憶に影響を与えにくい」
 (カルテを見る先生)
 先「ごめんごめん、リーマスは飲んでるね」
 先「ジプレキサは戻す」
 先「ただ飲み方を変えてみよう」
 先「朝飲んでいたものは、やめる」
 先「夕食後に持っていって、飲んでみようか」
 M「お任せします」
 先「じゃぁ、また頑張ってみようか」
 M「ありがとうございました」
 といった感じだった。
 本当は、先生は何百人という患者さんの社会復帰を手助けしてきたはず。
 僕は行けそうですか? とも聞いてみたかった。
 これは前に聞いているのだ。
 先生の答えは「わからない」という冷酷で現実的な事だった。
 病状も、回復状態も、かかるストレスも、やってみる仕事内容も、その負担も、全て違うわけだから、成功するか再発するかは分かる訳がない。
 が。 それでも漠然と、まだ早いのか、行けそうな状態だと見ている くらいは言えそうなもんでしょう。
 社会復帰は一発勝負。
 お客さんが来なくても終わりですが、僕が離脱しても終わりだ。
 そして、2度目のチャレンジをする資金はない。
 母の年齢からしても、もうラストチャンスでしょう。
 一回のチャンスに全てを賭けないといけないので、少しでもリスクを減らしたい。
 何より、自信が欲しい。
 でも、この話は聞けなかった。
 きっと、先生の見立てよりも、僕がいけるかどうかの感覚の方が大事なのでしょう。
 それに、ベストを尽くすこと。
 やり通すこと。
 結果はなるようになる。
 そう思ったのです。
 さて、薬の飲み方が変わって、どうなることか。
 朝食後 薬無し
 夕食後 ジプレキサ10㎎2錠、セルシン5㎎1錠、アーテン2㎎1錠
 就寝前 リーマス200㎎3錠
(3分前の事を思い出せないのもあるけど、数年間の記憶が無かったりするよね。 でも死ぬよりはマシです。 ここでもベストを尽くすとあるけど、ベストというのは限界までやってみることではないような気がする。 ベストとはきっとホドホドの行動をする事がベストなのだろうと今では考える。 無理して反動が来て、また体調がよくなるまで苦しんで、また無理しての繰り返しをしてきたように思う。 ベストはホドホド、無理する事ではない。)

今月は書き込みはこれだけ。
一日の行動を読むとレシピ作りはやっているようだし、忙しかったのか?ぐったりしてしまっているのか? 病気に関する記述は無い。
何時壊れてしまった事が書かれているのを目にするのか日記を読み返すのも結構しんどい。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。