僕とうつ病&統失 闘病記 2013.09 色々頭の中がオカシイようです

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・病院に行ってきた。
 いつものように先生が調子はどうですか?と聞いてきたので、
 体が重くて動けないと答える。
 虫が見えたのはどうなりましたか?と聞かれたので、
 虫がいる感覚はあるが、その方向を見ても何も見えないです。
 虫が見えるのと見えないのでは、症状の重さは違うのですか?
 見えてないから症状が軽いとかはありませんか?
 見える見えないというよりも、そういう状態はストレスじゃないですか?
 まぁ、そうですね。
 薬を変えてみましょう。
 といった感じだ。
 新しい薬は
  朝:エビリファイ6mg2錠、アーテン2mg1錠
  夕:ジプレキサ10mg2錠
  就寝前:リーマス200mg3錠、ハルシオン0.25mg1錠、ベゲタミンB1錠
(きっと見えてしまうより、存在は感じるという方が症状としては軽いはずだけど、どちらも統合失調症の症状に変わりはないということなのでしょう。 どちらにしても心は休まらないし、ストレス。 見えないだけ楽だけどね。 統合失調症だという事に落ち込まないで、薬を利用して上手に生活していくように出来ると良いね。 今現在はほぼ幻視もなにかいる感覚も無くなっているから、良くなって安定しています。 大丈夫。)

・昨日から薬が変わったのだが、副作用が少し出ている。
 眠かったり太ったりする副作用ならば問題無いのだが、
 また腕がムズムズする副作用が出てしまっているのだ。
 まだ少しだけなのでなんとかなっているが、薬を飲み続けると
 この副作用はもっとひどいものになるだろう。
(薬の副作用で一番つらいのがコレ。 記憶がなくなるとか、太るとかそんな物はこれに比べたら何でもないと言ってもいい。 腕の中を虫があるき回るようなムズムズ感。かこうが叩こうが収まってくれず眠れなくなる。 どうすることもできず収まってくれないから発狂しそうになる。 この処方は最悪である。)

・薬の副作用だと思うのだが、腕がムズムズして気持ちが悪い。
 痒くてかくのだが、体の表面が痒いわけではなく、
 骨のあたりまで痒くて、どうする事もできない。

・薬の副作用だと思うのだが、頭が回らない。
 母とレシピ作りをやっている時も、次に何をやったら良いのか
 分からなくなってしまうし、分かったとしても、
 間違ってしまったりしている。
 自室にいる時は、人にペースを合わせる必要が無いので、
 おかしいとは気付かないのだが、
 母といると頭が回っていない事が良く分かる。
 先生は、自殺されるよりも、モウロウとして横になっている方が
 安心だという考えているはず。
(当然先生は死なれるよりもモウロウとする方を選びます。 頭が回らなくてもいいじゃない? コンピューターのような頭脳が必要という生活はしていないでしょう? 気持ちをゆったり持って、家族には頭が回らない事を伝えればそれでOKなんじゃないだろうか。 レシピ作りが難しかったら休ませてもらうことも考えよう。 体調最優先。 母に気を使って無理する必要はない。)

・弟の死後、弟の写真を集めて、スキャナーで取り込むという作業を
 していたのだが、顔を見るのが辛く、今日まで行う事ができなかった。
 もうすぐ死後3年、その間取り込み作業を放棄していた事になる。
 写真はテーブルの上に置いたままで、視界に常に写真が入っているのに、
 3年もやらないのだから、本当にモノグサだ。
 半分は、辛くなるからやらなかった。
 半分は、怠けていただけだ。
 取り込んだ写真はすぐにバックアップして万全の体制にし、
 取り込みが終わった写真を1階に持って行った。
 母は泣いていたし、父も少し涙声になっていた。
(自殺をするということはこういう事。 3年も手を伸ばせば届く場所に写真があるのに、触ることも出来ない。 泣きながら取り込み作業をする事になるし、3年経っても家族は泣いている。 死んだ本人は楽になれたのかもしれないが、残される人の事を考えたら死んではいけないことは分かるよね? 何もできなくたって、復帰にどれだけ時間がかかろうとも生きていてくれればそれで良いんじゃないかな。 自殺は駄目だよ。)

(今月も書き込みが少なく、元気にしているひと月だったのかも。
 副作用は出ているけど、死にたくて苦しんでいるというような記述はなかった。 少し眠っているかもしれないけど、それは責めるべきじゃないし、まずまずのひと月だったようです。 幻視が消えると良いのだけどね。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病&統失 闘病記 2012.06 一番辛い副作用

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・一日中、死ぬ事を考えていた。
 特に日中コタツで横になっている時に考えてしまい、
 なかなか頭から消える事が無かった。
 首を吊る事ばかり考え、コードを探そうかと思ったりもして、
 危険度が上がってきているように感じる。
(動けないから横になる、横になると死にたくなる、このサイクルをどうしたら良いんだろうね。 一人でいると悪い方にしか考えられないよね。 でも人と接していると消耗するし。 睡眠薬で眠るようにするとかではダメかなぁ。)

・ジムに行く日だったが、体調悪く、行かないことにした。
 一日中こたつで横になっていた。

・病院に行ってきた。
 「どうですか、調子は」と聞いてきたので、
 毎日、このまま生きていても良い事などないだろうから、
 死んでしまおうと考える。 と答えた。
 僕はもうこれ以上良くならないのではないですか? と聞いたら、
 そんな事は無い、必ず良くなるから と言われた。
 その場しのぎの慰めで言っているのかと思い、
 先生の表情を観察したけど、本気で言っているみたいだった。
 僕みたいに長い事病気が治らない人って他にもいるんですか?
 と聞いたら、沢山いるよ と言われる。
 Masaさんは、調子がいい時期も経験してるからまだ良い方なんだよ
 と言われる。
 僕のように長く病院に通っていて、病気が改善する事もなく、
 ずっと苦しんでいる人もいるのか・・・
 そりゃ、地獄の苦しみだろうな・・・
 包丁を見ると死にたくなるんです。 と言うと
 包丁をどうしたくなるの? とリストカットの危険性を知りたい先生。
 僕は、首に刺して、動脈を切って死にたくなります。 と言うと、
 先生は少し暗い表情になって、それは危ないねと言った。
 昔のカルテを見ながら薬を変えようと先生は言う。
 弟くんの一年忌の時、調子が良くなったリーマスという薬があるから、
 それにしてみようと提案される。
 インヴェガの効果には限界を感じていたし、
 インヴェガは12mg以上に増やす事はできない薬らしいので、
 これ以上増量する事ができない。
 今度、調子が悪いと言ったら、薬が変わるだろうと思っていたら、
 その通りになった。
 そして先生に入院も勧められた。
 包丁の件が先生は気がかりらしい。
 僕も衝動的に包丁を手にして刺してしまう危険があるから、
 自分からの入院を考えてましたと、正直に言う。
 でも危険だと思って入院しても、監視してくれるだけで、
 何もしてくれないんですよね? と聞くと、ううむ と唸る先生。
 電気流してもらうって方法もあるけど・・・と言ってきたが、
 入院して電気流した事はあると言うと、
 あっそうだっけと思い出した先生。
 まぁ、何百人もの患者さんを相手にしているわけだし、
 忘れてもらって構わないんだけど。
 ひと月も入院したとしても、出てきたらまた何も変わらないわけだし、
 入院はないかな。
 お金の無駄ですもん。
  薬はインヴェガが中止になって、リーマスとジプレキサに。
  朝:アキネトン1mg、セレネース3mg
  夜:アキネトン1mg、セレネース3mg
  就寝前:ジプレキサ10mg、リーマス200mg×3錠
(包丁の誘惑は今もあります。 僕の衝動の特徴なのだろう。 危険な物には近づかない。これで対処するしかないと思う。 本当に危なかったら、やってしまう前に誰かに気持ちを打ち明けよう。)

・おとといから飲んでいる、リーマスの影響なのか、
 夜、眠ろうとすると腕の中を虫が歩くようなむず痒さが出て
 眠れなくなる。
 2日とも最終的には、残っている睡眠薬を飲んで、強制的に寝ている。
 睡眠薬はあと4日分しかなく、この後どうするか悩む。
 リーマスを飲むのを勝手に止めるか、
 病院にまた行き薬を変えてもらうなり、
 睡眠薬をもらうなりするか。
 どちらも気が重い。
(腕のムズムズ感はかなり辛いよね、耐えるだけしか出来ないのでストレスだし。 薬を変えてもらう事も考えたほうが良いかも。)

・薬の副作用なのかは分からないが、日中眠くて寝てしまった。
 昼間に寝てしまうと夜眠れなくなってしまうので、
 なるべく寝ないようにしているのに、寝てしまっていいものだろうか。
 昨日も日中寝てしまったが、夜になっても問題なく眠る事ができた。
 腕のむず痒さがあって眠れなくなってしまうので、
 横になったらすぐに眠れるほどの睡魔が襲ってくれると助かる。

・リーマスの影響だと思うのだが、腕や足がむずむず痒くなり、
 眠る事ができない。
 飲んでから6〜9時間はこの状態が続くのだが、
 寝る前に飲む薬のため眠る時間とぶつかる。
 リーマスを飲むようになってから、まともに寝ていない。
 何か気が紛れる事をすると、痒みが消えるような気がするので、
 ネットを彷徨ったりして時間が経って痒みが消えるのを待つしかない。
 あと数日しても痒みが消えない場合は、
 飲むのを止める事も検討しないといけないだろう。

・薬の副作用なのかは分からないが、日中眠くて寝てしまう。
 昼間眠ると夜寝れなくなるので、なるべく昼間は寝たくないのだが、
 いつも睡魔に負けて寝てしまう。
(どうしようもないほどの睡魔だから、眠ってしまって良いのだと思う。 少しずつ回復していけばいいので、今は身体が休みたいと言ってきているのだと思う。 眠ることが悪いのではなくて、薬を飲まなかったり、病院にいかないことの方が悪いことです。)

・友人の結婚披露宴に行ってきた。
 しかし同級生に会うのが怖い。
 愛犬の散歩の時に人とすれ違うのは全然構わないが、同級生は辛い。
 皆、家庭を持ったり、家を建てたり、子供ができたりして、
 自分の人生を進んでいる。
 僕は何も進んでいないし、もう8年も無職をやって
 家に引きこもっているので、「今何しているの?」と聞かれるのが辛い。
 また、披露宴の余興で、皆が盛り上げている様子を見て、
 仲間に入らない自分が嫌になる。
 馬鹿になりきれないのだ。
 友人達一丸でワイワイやっているのを見て、
 どうしてあそこまで楽しく振舞えるのか?と考えてしまう。
 各テーブルを周って、久しぶりに会う友人と会話して周る人達を見ると
 自分の社交性の無さに情けなくなってきます。
 結局、自分から席を立って友人達に挨拶したりする事は無く、
 ずっと椅子に座ったままの披露宴だった。
 僕みたいな冷めた奴を友人達はどういう目で見ているのだろう?
 顔は引きつり、手は震えてくるし、この場所から
 逃げ出したいって気持ちで一杯になってしまった。
 2次会は更に、友人達が馬鹿騒ぎするのが目に見えるので、
 恐ろしくて帰ってきてしまった。
 何が怖いのか自分でも分からない。
 別に無職だという事を隠しているわけじゃないし、
 僕は僕なりの楽しみ方をすれば良いのだと思う。
 でも怖い、どうしても怖いのです。
 2次会に誘ってくれたりする友人もいましたが、披露宴が終わったら
 「行こうよ」と声をかけられる前に逃げてしまった。
 2次会会場に僕が現れないので、友人達は僕を
 冷たい奴だと思う事でしょう。
 そう思われてもしょうがない。
 実際冷たいのだから。
 自分が情けなくて、嫌になります。
 消えてしまいたい。
(社交性のなさは今は随分と改善したけど、病気がひどい時期に同級生と会うのは辛いよね。 地元に住む事の嫌な事の一つだと思う。 誰も自分をしらない東京で生活したいと思うようになったりするが、一人暮らしは出来ない事は証明されたので、地元で上手にやるしか無いのだと思う。 もっと図々しく、堂々と、自分は劣っていないのだと考える習慣が欲しい。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病&統失 闘病記 2011.08 怖い薬

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・一日中寝て過ごしてしまった。
 とにかくずっと横になっていて、眠れないのだが、ゴロゴロし続けた。
 何かやる事を見つけようと思う。

・病院に行ってきた。
 死にたくはほとんどならないが、日中ずっと寝ていると言うと、
 とりあえず良かったと言われた。
 下顎が痙攣し涎が垂れたりするのはセレネースが原因だと言い切り、
 量を減らしてもらった。
 ラミクタールという薬を寝る前に飲むように言われる。
 この薬が恐ろしくて、この薬専用の注意書きが書かれた冊子を2冊もらった。
 重篤な皮膚障害が起こる可能性がありますと、書かれている。
 朝:セレネース1mg、アキネトン3mg、セルシン2mg
 夕:セレネース1mg、アキネトン3mg、セルシン2mg
 就寝前:リーマス200mg3錠、ラミクタール25mg

・今日で先月の薬が全部無くなった。
 明日から問題の薬を飲む事になる。
 顎の痙攣が治るのか?湿疹が出て、飲むのを中止にするか? どちらだろう。

・重篤な皮膚症状が出るかもと書かれていたラミクタールを
 昨日から飲み始めたが湿疹が出ることは無かった。
 飲み続けると出てくるのか?出る人は一発で出るのか?は分からないが、
 とりあえず一安心だ。
 ラムネのように甘い臭い味がして、恐怖心をごまかしているような気がする。

・ラミクタールを飲み始めて3日、
 湿疹は出ることなく、普通に生活できている。
 いらぬ心配だったか?

(この月は弟の初盆という事で色々とあったのですが、僕の闘病とは話がやや逸れるので、書きませんでした。 2010年11月から弟の死の事を書いたのは、自殺すると遺族がどうなるかを書いて、自殺を踏みとどまってほしいからです。 なので今後はあまり弟の話は出ないかもしれません。 遺族の傷は癒えない事、簡単に乗り越えられる物ではない事を分かってもらい、皆さんには生きていてもらいたいと思います。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病&統失 闘病記 2011.05 誰かが死ぬのではないかという心配

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・今日は、GWで父が家にいる事もあり、寝ないで過ごした。
 PCでの作業を3時間くらいかけてやった。
 とても疲れた。
 集中力は続くが、体力面に不安がある。
 社会復帰はいつになるのだろう?
(体力は活動するようになったら自然と戻ると思う。 それよりも集中力が続いている事を褒めてあげよう。 いつも父に家にいられると心が休めないけど。)

・一日コタツで横になり、死ぬ事を考えていた。
 考えているが、死ぬのか?というと死なないという答えになる。
 母の事を考えたら、とてもじゃないが死ねない。

・姉も毎日死にたくて辛いそうだ。
 チビ達が抱きしめてくれて、死ぬに死ねないと書かれていた。
 姉は僕が死んでも誰も僕を責めないって書いてきたけど、
 そんな事は無いと思う。
 特に母はさらに自分を責めて自殺しかねない。
 そう考えたら、僕はやはり死ねないんだと思う。
(死ねなくなったことが良かったのか、苦しみが増えたのか、未だにわからないよね。 自分が何十年後かに死ぬ時になってやっと答えが出るような気もするから、今は生きよう死のうじゃなくて、とりあえずでいいから生きておく で良いんじゃないかな)

・姉が僕を心配してか家に来てくれた。
 「顔見せろ〜」と1階から大きな声で呼ばれたので、仕方なく1階に降りる。
 弟のせいで皆ボロボロになってフォローしあっている。
 弟は本当に馬鹿な事をしでかした。
 最近は弟に対して、ぶん殴ってやりたいとか、怒りがこみ上げてくる。
(弟に対して色々な感情が起こっては落ち込んで消えていったり日替わりでまるで違う感情になる。 それが辛い)

・ある川の橋を渡って出社している姉だが、今日もそこで自殺があったようだ。
 警察が沢山来ていて、早くに通った人達は死体が目に入ってしまったらしい。
 姉が通った時にはもう警察はいなかったようだが、
 休憩中に弟の一件を知らない人達が、その話を面白おかしく話していて
 姉は吐き気に襲われて、部屋を出てしまったようだ。
 今日はそれがあったから、お線香をあげに来たかったのだと話してくれた。
 トモ子にその話を僕からしたら、Masaは死なないでね と言われる。
 頑張りますとしか言えないと答えると母はとても心配していた。
 しかし、嘘をついて、大丈夫大丈夫というわけにもいかないだろって言うと
 それはそうだけどと言いながら母は泣いてしまって。
 自分自身この先どうなるかさっぱり分からない。
(家族の誰かが死ぬのではないか?と皆で心配しあっていたよね。 結局誰も死なずに今に至るわけで、この試練は乗り越えられたのか? 今でも思い出して泣いたりするけどね。 時間と共に随分と苦しみは少なくなったよ。)

・母が泣きながら部屋に入ってきた。
 話は僕の病状の事になり、今日は調子がよく、何とかなるんじゃないか?
 大丈夫とポジティブに考える事ができた。
 日替わりで体調が変わるから、この前は
 「がんばります」としか言えなかったと母に伝える。
 母は泣きながら、僕がいなくなったらやっていけないと言っていた。
 当たり前だ。
 息子2人も自殺で亡くしたら、母が平気でいられるわけがない。
 死のうとしていた自分が情けなく思えた。

・今日は比較的体調が良かった。
 しかし睡魔が凄く、ほとんど寝ていただけだが・・・・・

・弟が亡くなってから、もっとこうしておけばという考えが消えない。
 その影響からか、養護老人ホームに入っている、
 婆ちゃんに会っておこうと思うようになっていた。
 95歳、いつどうなってもおかしくない歳だ。
 もう亡くなった後に、こうしておけば という後悔はしたくないのだ。
 っというわけで、今日はこの婆ちゃんに初めて会いに行ってきた。
 もう風邪でもひいたら、即亡くなってしまうような状態になってしまい、
 家に連れてきて一緒に過ごすような事は出来なくなってしまったが、
 とりあえず、一つまた、前進したような気分になった。
 (何が前進なのか自分でも分からないが)
 この人がいたから、今の自分がある。
 そんな自分のルーツを探るような出来事だったし、命とは? とか
 両親の老後はどうなるのか? という不安、
 そして自分の今後など色々と考えさせられる時間だった。
 でもイイ事をしたのは間違いないので、ちょっと気持ちの整理がついたかな?
 いつもはコタツでゴロゴロしているだけの毎日だが
 今日の行いは合格点をあげようかと思う。
(命について考えることが当然増えたよね。 そして生きるとはどういう事なのか? どうあるべきなのか?考えるようになった。 答えなど分かっているのだが、実践していく事は大変だ。)

・昨日の疲れが今日になっても取れず、一日中横になっていた。
 体力をつけないと何もできない。

・病院に行ってきました。
 一日中死ぬ事を考えている事。
 その原因は弟の死が関係している事。
 寝起きが悪く、一日中横になっている事を先生に伝えました。
 活力が出るような薬に変えてみようという事になった。
 朝、セルシン2mg、アキネトン1mg、セレネース3mg
 夕、セルシン2mg、アキネトン1mg、セレネース3mg、セロクエル100mg
 前のカルテを読み返して自分と相性の良い薬だそうで、
 大きな副作用も無いかと思います。
 半年近く?以上?変わってなかった薬が変わるという事は、
 何か思惑があるんだろうと思う。
 まぁ、劇的に良くなるとは思えないけど、何かしら良くなる事を願います。
 下顎の感覚が麻痺して、涎が垂れたり、痙攣したりする副作用は
 無くなってほしいものだ。

・一日中横になって過ごす。
 明日髪を切りに行きたいが、9時に電話できるとは思えない。
 友人の出産祝いに本を買いに行かないといけないし、
 それも明日いけるとは思えない。
 身体が重い。

・友人の出産祝いの絵本を買いに行ってきた。
 その後、美容室にも電話する事ができ、今日は十分働いた感がある。
 たったこれだけの事で疲れてしまうのだから、
 本当に体力が落ちていると思う。

・髪を20cm切って、心機一転。
 心も軽くなった。
 姉が僕が髪を縛っている様子を見ると、弟が亡くなった時に
 縛った部分が震えていた事を思い出して、
 辛かったと言うことをやっと話してくれた。。
 そんなに辛い思いをしているなら言ってくれれば、すぐにでも切ったのに。
 姉はまだ何か苦しんでいる事を隠しているような気がする。
(家族で一番心配なのは姉だろう。 きっと色々とあるだろうが、家を出ているだけに一人だけで背負い込んでしまっているはず。 何でも話してほしいけど、姉も僕に気を使っているのだろう。 気遣い家族なんて本当の家族じゃないと思う。 何でも話そう。)

・朝4時に起きて、ほとんど寝なかった。
 いや結構寝たか。
 一日がとても長く充実していた。
 時間を持て余して、仕事でもしていればという考えにもなった。

・朝は身体が重く、友人のお祝いに行くのをやめようかとも思った。
 入浴して、時間が来るまでの間に身体の重さも取れてきて、
 病院に着いた頃には、身体が重かった事を忘れてしまっていた。
 何かを始めてしまうと、疲れを忘れて作業する事ができるので、
 もっと積極的に外に出ても大丈夫な気がする。
 ただ、外に出ると甘い物を買ってしまうので、そこは注意しないといけない。
 母の話だと、うつ病に甘い物は良くないらしい。
 聞いた事はあったのだが、やはり病気には良くないのかとガッカリした。
 リバウンドはしたくないので、なんとかコンビニに寄らないようにしつつ、
 外出するようにしてみたい。
 外に引っ張りだしてくれるような友人がいればいいのだが、
 そもそも友達が少ない。
 自分から、企画を考えて、誘う程の積極性が欲しい。
 別の友人夫婦を昼食に誘ってみようか?と最近考えているのだが、
 先日出したメールの返信が、少し遅れたりすると、
 嫌われているのかもしれないと考えてしまう。
 この前食事に誘ってもらった時に何かマズイ事でも
 言ってしまったのだろうか?
(女の子じゃないんだし、友達との繋がりが無くなったらどうしようと気をもむ必要はない。 自分の生きたいようにすればいい。 離れていく人は離れていくし、ちゃんと繋がるべき人は時間が空いても繋がっていけると思う。 もう少し自分に自信を持ててもいいよね。)

・昨日の友人との食事会の時からそうだったのだが、
 身体がだるく、立ちくらみがひどい。
 ファミレスに着いてからは、座った状態でも座りくらみがおき、
 意識が遠のいた。
 食事はしっかり取っているので、原因は新しく処方された
 セロクエルかと思い、ネットで薬について調べると
 予想通り副作用に立ちくらみが飲み始めにあるとあった。
 飲み始めとあったので、飲み続けるうちに改善されていくのだと思うが、
 今日の状態が続くのはちょっと厳しい。

・立ちくらみがひどい
 座っていたとしても、動悸が激しくなり、息をするのが辛い。
 新しく処方されたセロクエルが原因だが、
 1週間も飲み続けたら、副作用は無くなってくるだろう。
 一月副作用が続くならば、薬を変えてもらうように言うつもりだ。
 それほど辛い。

・眠くていくらでも寝られる。
 薬の副作用なのかどうかは、調べていないので分からないが、
 一日中横になっている。
 眠気と共に困っているのが、脈の速さ、いつもの倍近い速さで、
 息苦しくなってくる。
 梅雨が明けたら、愛犬の散歩は朝早くに行ってやらないといけなくなるが、
 起きられるかが心配である。

・今日も脈が速く、疲れやすい。
 愛犬の散歩にはなかなか行けなかったし、午後はゴロゴロしていた。
 脈は相変わらず速い。
 立ちくらみはあまり起こらないようになってきているので、
 少しずつではあるが、薬に慣れてきている様子だ。

・脈が速くて、疲れが抜けない。
 セロクエルを飲むようになってから、脈が不規則になったので、
 原因はこの薬だと思うが、立ちくらみの時のように
 時間が解決してくれるのだろうか?

・脈が速い。
 立ちくらみはほぼなくなり、あとはこの脈の問題だけになった。
 薬は処方された物を忘れることなく、ちゃんと飲む事ができている。

・一日中横になったり、眠ったりして猫のように過ごす。
 こんな調子で仕事ができるのか心配している。

(家族でお互いを労りつつ傷が少し癒えたのかもしれないね。 これからも弟の事で苦しむけど、時間が解決してくれるというのはこういう事に対して言う事なのだろう。 大きく落ち込むこともなく、体調的にはまずまず。 精神的に上下するのが極端になってしまっているけど、これは当然だし、時間の問題なんだと思う。 笑える日は必ず来るから大丈夫だよ。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ病&統失 闘病記 2011.02 悪化、強い薬で抑え込むが副作用に苦しむ

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・ 一日中寝て過ごす。
 ダメだとわかっていても、寝てしまう。
 風呂にも入れないし、愛犬を病院につれて行く事もできない。
 自分が嫌になる。
(風呂に入らないといけないと思っていても、体が動かないのだからどうしようもないよね。 人と会う時は入るようにして、なるべく無理をしないで静養に努めてほしい。 無理をして動くのはまだ時期が早いと思う。)

・身体が重い。
 愛犬の散歩に行ってきたが、それもしんどい。
 大好きなPC作業の際も長時間起きてられなくて、すぐ横になってしまう。
 体力が無いのか、病気のせいなのか分からないが、
 夕方下に降りていくのも億劫。
 毎日顔を見るたびに「具合は?」と聞いてくる父だが、
 それも苦痛になってきている。
 表情や会話してくるかどうかとかで判断してほしい。
(父の配慮のなさ、相手の気持ちを汲む力のなさは昔からだけど、流石にこれはしんどい。 でも「空気読んで分かれよ」とも言えない自分がいるよね。 こちらだけがダメージを受けるようだし、毎日聞かないでほしいと言うべきかもしれない。)

・身体がとても重い。
 伯父が花を持って来てくれたようだが、
 1階には降りずに自室で横になっていた。
 感謝を忘れてはいけない立場なのに、ひどい兄だと思う。
(体調が悪いのだし、あまり自分を責める必要は無いと思う。 申し訳ないと思っているわけだし、その考えがあるのだから良いのだと思う。)

・身体が重く、なかなか動こうとしない。
 午前中に風呂に入るつもりが、
 昼になったら、3時になったら、とずれ込み、結局入ったのは4時半。
 愛犬の散歩も短距離だけで済ませてしまって可哀想。
 友人たちとの食事会でもあまり話しはせずに聞き手に回る。
 これではいけないと思いつつ、どうする事もできない。
(体調が悪いのによく友達に会う事ができたね。 反動が来るだろうけど、月イチの集まりなので、参加できると良いね。)

・愛犬の病院に無理して行ったからか、帰ると身体がすごく重い。
 起き上がる事もできずに時間だけが過ぎていく。

・今日も特に身体が重い。
 例によって一日中横になって過ごす。
 弟が亡くなる前よりもひどくなっているような気がする。
(これまで気が張っていた物が、遅れて自分の体調に跳ね返って来ているようにも感じるよね。 そうなって当然だし、考えてしまう事が増えたよね。 自分も死にたいと思い、同時に生きなくてはいけない と言う振れ幅が何倍にも大きくなったような感じがする、それだけに苦痛が増したはず。 薬に助けてもらうしかないのかな。)

・甥や伯父が来たので無理をして1階に降りるが、
 あまり長続きせずに夕食を食べたら、2階に戻ってしまった。
 伯父とも話しができなかったし、ダメダメである。

・身体が重くて、1日中2階にいた。
 18時からの大河ドラマも見なかったし、夕食の時以外はずっと2階。
 日に日に身体が重くなってきているような気がするが、
 何か用事があると動く事ができる。
 気持ちの持ちようなのか?
 だとしたら社会復帰もできるのだろうか?
(気持ちの持ちようではないと思う。 社会復帰は出来るとは思うけど、ずっと続けていく事は難しいと思う。 再発しない事、復帰したら一生頑張れるのか? そこが問題だと思う。)

・弟の彼女(亡くなるまで付き合っていた人)とその友達が家に来てくれた。
 弟の携帯に貼られたプリクラのイメージが幼くて
 可愛い感じの子かと思っていたら、とてもしっかりした人で驚いた。
 弟の最後の様子や、死に方、死に場所などの質問はせずに、
 こちらから聞いた事だけに答えるような形になり、とても救われた。
 駅に向う途中の車中で、
 こう聞かれたらこう答えよう、その言い方は間違ってるから
 変えるようになどとやりとりしていたのは、無駄だった。
 前向きで、プラス思考で、弟を上手にサポートしてくれていたらしく、
 弟もこの子にだけは、
 死にたい気持ちや、バイト生活のコンプレックスを話して、
 喧嘩も沢山したようだ。
 何でも話してくれるようになり、彼女も何でも聞いたそうだ。
 誰にも心の闇の部分を言わずに逝ってしまったと思っていたから、
 本当に嬉しかった。
 喧嘩できる相手が一番側にいてくれて、本当に良かった。
 「生まれてきて良かった」と彼女には言ったらしく、
 彼女も「生きてると良い事もあるでしょ?」と言ったそうだ。
 そうか、そう思えたか と力が抜けた。
 彼女達は3時間くらいの滞在で帰る事になった。
 改札口で母が食事代を渡そうとしたが、絶対に受け取らなかった。
 改札口を過ぎた彼女は、友達に背中を叩かれていた。
 振り返る事は無かったが、今まで我慢していた涙を堪えきれなくなった様子。
 僕達家族に迷惑をかけないようにと、泣かないようにしていたなんて・・・・
 弟と同じで気遣いができる子である。
(彼女と話をして弟が最後に色々と救われたことが分かり、自分たち遺族はどれだけ救われたか。 何でも話す事の大切さ、そう言う人たちが周りに僕などよりも沢山いたのに、弟は死を選んでしまったのはどう言う事なのか? 何故そうしてしまったのか?と言う気持ちは一生消えないのかもしれない。)

・今日病院に行くつもりだったが、身体が重くて行かなかった。
 無理して行こうと思えば行けただろうけど、
 コタツで横になっているのが居心地が良くて、明日行く事にした。
 明日行けるかも分からないが、コタツに入っている時は幸せである。
(横になって安静にしているのが一番楽で救われる時間だよね。 誰かと会うことは家族だとして気を遣う。 本当の状態を話さないで元気に振る舞ってしまうから、歪みが出てしまうのだけど、全てを話せば心配をかけることになるし、難しい問題だと思う。 言うべきなんだろうけど。)

・薬が切れたので病院に行ってきた。
 切れてから行ってはいけませんね。
 分かっている。
 分かっているけど、身体が動かないんだからしょうがない。
 今日は何を話そうかと思ったけど、
 ありのままの事を話すしかないなという事になり、
 そのままダラダラと近況を報告。
 死にたい事。でもその衝動は弱い事。
 弟がうらやましい事。残された自分は死ねない事。
 眠い事。
 天井を見てボーっとしているか、弟の事を考えて、後を追えたらと考える事。
 考えはするけど、やる事は無いという事。
 話がループして、頭回ってないと思われただろうけど、
 それが今の状態なのでしょうがない。
 弟がうらやましい と言った時
 「弟さんは地獄に行って、兄貴代わってくれと言ってるかもよ」と、
 笑いながら先生らしい事を言ってくれた。
 ありがたいことです。
 先生のブラックだが何処か憎めなくて、妙に納得する物の例えは、
 いつも僕を救ってくれます。
 薬を弱くすると、意識がハッキリしてきて、
 死にたくなって苦しい気持ちもハッキリしてくるから、
 ボーっとしてる方がいいんじゃなか?と言われる。
 「楽な方がいいです」と答えた。
 あとは、工場などで流れ作業をやると余計な事を考える暇がなくて、
 良いのでは?と言われた。
 短文のブログを毎日更新する事すらできないのに、
 決まった日に外に出て、何時間も仕事をするのは、まだ無理だと思う。
 先生には「考えてみます」とだけ言って、答えを濁した。
 薬は変わりなく
 朝:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
 夜:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
 と同じ物を2回。
 薬の副作用だと思うが、
 ろれつが回らなかったり、口の周りがヒクヒクと痙攣して麻痺したり、
 涎が垂れている事に気付かなかったりする。
 基本、家で寝ているだけなので、特に問題なしかな?

・弟の元彼女から8月の日曜に墓参りに行きたいという話が来た。
 8月が近づいてきたら話を進めようと返事を返す。
 先日は辛くて仕事を早退したとも書いてあった。
 毎日泣いているそうだ。
 お母さんにも全て話しをしているようで、その点では安心した。
 もう百か日になったが、
 自分ですら弟を許したり、怒ったり、喪失感だったり揺れているのだから、
 彼女にもしばらくは辛いだろうと思うと返した。
 辛いだろうけど自分を責めるのはやめるようにとだけ
 アドバイスさせてもらった。
 それから一人で考え込まないで、お母さんの力を借りるようにと送った。
(遺族も辛いが、一番側に最後までいた彼女の辛さは相当なものだろう。 恋人に自殺された人が再び交際しようと思える日が来るのか? 結婚はできるのか? 心配だが彼女には幸せになってもらいたい。 弟は馬鹿野郎だ。)

・今日はコタツで横になるがあまり眠れない。
 弟の事をずっと考えていた。
 考える事はいつもと同じ事。
 自分も楽になりたい事や、なぜ弟は死んでしまったのか?など、
 考えてもしょうがない事ばかり頭に浮かんでくる。

・下あごが痙攣していて、歯がガチガチいうような状態。
 震えは少しだが、気になる。
 また唇の感覚も鈍っていて、涎が垂れている事に気付けない。
 これでも相性の良い薬を処方されているんだし、
 死ぬよりはボーっとさせて頭を回らなくさせる方がマシという考えだから、
 この薬を飲み続けるしかない。
 今悪い波に飲まれるわけにはいかないので、仕方なく薬を飲んでいる。
(今の状態でも十分に悪いと思う。 悪い波が早く去ってくれる事を待つしかないのだろうか? いつそれはやってくるのか? ずっとこのままなのではないか?と考えてしまったよね。 必ず体調は良くなるから心を穏やかに保って、ゆっくり休んで。)

・朝起きるのが辛かったが、それは毎日の事。
 今朝は7時起きで8時までコタツで粘ったが、しょうがないので、風呂に入る。
 薬を今日は飲み忘れてしまったが、今のところ何ともない。
 副作用はきっちりと出ていて、顎の痙攣が治まらない。
 隣にいる友人に歯がカタカタ言う音が聞こえてしまうのでは?と思い、
 ヒヤヒヤした。
 喉仏と顎の先端の間の皮もヒクヒクと麻痺して、
 手で押さえて誤魔化したし、ろれつが回らない。
 母と父、姉にはその話をしたが、薬を変えるつもりは無い。
 先生も同じ事を考えるだろうが、
 今相性の良い薬を変えるデメリットの方が大きいように思う。
 眠くなって寝てしまうのは、死ぬよりは寝ていたほうが良いという
 先生の考え方に賛同し、それでいいと思う。

・身体が重く、日記も翌日書いているような状態。
 とにかく起きていて、座っているだけでもしんどい。
 今日は薬を飲むのを忘れたので、
 明日からまたちゃんと飲むようにしたいと思う。
(全てが後手後手に回る毎日。 でも続けていられるだけでも結構すごいことなんじゃないかな。 辛くても薬は飲むべき、今薬をやめたら自分も弟の後を追う最悪の行動に出かねない。 辛いけど耐えてくれ。)

・今日は身体が軽く、愛犬の散歩で遠くの消防署近くを回ったり、
 1階に少し長くいる事ができた。
 ろれつが回らないや、涎が垂れる事も無くなってきていて、
 副作用が弱まっているように感じる。
(副作用が弱まって来ていると言うより、この日は体調が良かったと言うだけかもしれないから、楽観視はしないほうが良いかと思う。 期待をすると裏切られる病気。 客観的に冷静に、辛抱強く回復していこう。)


今日も畦道通信に来てくれてありがとう。