僕とうつ&統失 闘病記 2012.12 魔の炬燵、飼い主失格、停滞(低態)

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・今日はおやつを食べてしまった。
 過食というわけではないけれど、食べる事で
 ストレスや不安を発散するような感覚はある。
 ダイエットで好きな物を食べずに我慢している事が
 病気にどう影響するのだろうか?
 あと5kg痩せたいけど、本当に大丈夫だろうか?
(この当時体重は何kgだったのだろう? 何kgを目指していたのだろう?
容姿がひどく衰えているように感じることがある病気だけど、あまり体重に固執することもないように思う。 健康的な体型になることで前向きに生活できたり外出できたりするならば、痩せることも良いのだけど、自分は太ってしまっているから、とマイナスになることもないと思う。 おやつもゼロのするのではなく、少しだけ食べる事も息抜きになるよ。)

・コタツで長時間寝てしまった。
 愛犬の散歩に行く時間も遅れがちで可哀想になってくるが、
 そう思ってもコタツから出る事ができない。
 身体が重い所に、コタツの暖かさが加わり、
 いよいよコタツから出る事が困難になってきている。
(愛犬はトイレを我慢していて、早く散歩に行きたいと思うが、分かっていても散歩に連れ出すことができないよね。 両親に散歩を頼むことは考えなかったのだろうか? 体が辛いときは助けてもらうことも考えるようにしよう。)

・1日中横になって過ごしてしまう。
 起きていても寒いし、すぐにコタツに潜ってしまう。
 エアコンが壊れているのか?あまり暖かくならないし、
 勝手に止まってしまうので、とても寒い。
 家の中でコートを着ないといけないような感じである。
(このエアコン暖かくならないんだよね。 コタツは本当に自分を駄目にしているというのはこの頃から変わっていない考えだけど、横になってしまうことの原因は病気だと思うし、怠けているわけではないはず。怠けていたら自分を責めたりはしない。)

・死にたくなる事は、ほとんど無い。
 今の薬との相性が良いのだろう。
 弟の事を一人考えるが、後を追いたいとは思わない。
 弟は自分の選択をして、僕は僕のやり方で生きる。
 そのような考え方になっている。
(自分は自分であり、好きなように生きる。 一見ワガママなようだが、突き詰めるとそういう事になるのだと思う。)

・愛犬の散歩も億劫になることなく行く事ができた。
 今日はトシ・ヨロイヅカに電話をかけないといけないし、
 降り込みをしに外出しないといけないと、前日から身構えた事が大きい。
 ガソリンスタンドに行く事はできなかったが、
 次回病院に行った時ガソリンは入れようと思う。
(正月にトシ・ヨロイヅカで行われるデザートライブに参加するのがお決まりになっていた時期だよね。 また行きたいけど、厳しいのかな。 電話が怖いのは相変わらずで、これはもう直らないかもしれない。)

・1日中コタツで寝てしまって、罪悪感を感じる。
 朝食を2回食べてしまう事も、同様に罪悪感を感じる。
 どうしたら寝ないで済むのか? 食べないで済むのか 分からない。
(食事は過食にならない程度、糖尿にならない内容が基本だと思うけど、眠ってしまうことは悪いことじゃないと思う。 脳が眠るように指示を出しているわけで、疲れていたり薬で休むようにしているのだと思う。 治療が今の大前提であって、バリバリ動くことが目的ではないはず。 まずは病気を軽くする事。 動いて何かをしようとするのはもっともっと先のこと。 焦ることはない。 一歩ずつ回復していけば良いのだと思うよ。)

・9時から16時半まで、コタツで寝てしまった。
 夕方の愛犬の散歩も、身体が重くて外出する事ができない。
 トイレに行きたいだろうけど、僕がゴロゴロしているので可哀想。
 飼い主失格だと思う。
(愛犬は目の中に入れても痛くない程というが、それくらい可愛いよね。 でも散歩に行ってトイレを済まさせてやったり、楽しみにしている散歩に連れて行ってれない事で自分を責めてしまう。それは分かるんだけど、病気なんだから普通の人と同じように動こうとしないこと。 室内にトイレを置いてやってトイレに行けるようにする事もありだし、方法は色々あるはず。 自分を責めてしまうのならば、何か別の方法を考える。 駄目だったらまた他の事を考える。 何かしら行動しよう。 愛犬のためならば少しくらい考えたり動いたり出来るはず。)

・薬が効いていて、死にたくなる事は無いのだが、
 日中コタツで横になり天井を見たり壁を見たりしながら、
 自分が何もしていない事を考えて落ち込む。
 特に父と母が60歳を過ぎて働いているのに対し、
 自分は9年間も何もしていないという事実が重くのしかかる。
 自分が今できる事を精一杯やるだけ という答えは出ているのだが、
 それでもやはり両親の事を考えてしまう。
 死にたい事辛いのだが、それ以外の事で自分を責めるのもまた辛い。
(現在は死にたくて苦しいという事よりも、家族に迷惑をかけている事の方が辛いです。 じゃぁ恩返しをすればいいじゃないかと思っても、身体はおもったように動いてくれないし、身体を休める事しかできていません。 あまり動こう動こうと頑張ると悪化するし、反動も来るので、程々に家事を手伝ったりできると良いね。 「今日は体調が良いから少し手伝うよ」などと言葉にすると家族も状態を分かってくれると思う。)

・日中ずっと寝てしまって、パソコン間でデータをやり取りする方法を
 試す事ができなかった。
 やる事があると身体が重くなってしまい、コタツで横になってしまう。
 風呂に入らないといけないのだがそれもできず、
 洗面所で髪を洗うだけに終わってしまった。
(汚いかもしれないけど、風呂問題はあるよね。 起き上がって軽々と動けるならば風呂だって入っている。という事だよね。 誰に会うわけじゃないし、外出もしないから、風呂に入らない事になりがちだよね。 でも自分を汚いとかダメ人間だと思ってはいけない。病気なのだから。 髪を洗っただけでも頑張ったじゃん。 変な考え方かもしれないけど、体調の良い日や人と会う時に風呂に入ればそれで良いのだと思うよ。 元気になってきたら毎日入ればいいじゃないか。)

・集中力が続かずパソコンの設定が出来ない。
 午後にやろう、夕食後にやろう、深夜やろう、明日にしよう
 という繰り返しで、4〜5日経過してしまった。
 すぐに横になってしまい、横になると1時間は起きない。
 そのまま眠ってしまう事もあったりと、グウタラしてばかりである。
 寝る前になると明日こそはやろうと思うのだが、
 翌日になってみるとまた横になったまま1日が終わってしまう。
(何かやらないといけない日は、1時間おきとかにまだできない、次の1時間でやろうなどとは考えないで、夕方に駄目だったら明日できたらいいなくらいの軽い考えに切り替えたほうが負担にならないよ。 まだできないと考え続ける事は脳に良くないと思う。 今日は無理そうだから休むことにしようと早めに決めてしまえば、その日は穏やかに過ごすことができる。 期日が決まっているならば、1週間前くらいから体調を見ながら作業をしていき、もう間に合わないならば家族に相談する。 楽できる方向へ方向へと考えるように頑張ってみよう。 頑張って楽する。 それは逃げてないし、ずるくもない。)

・日中横になって、死ぬことを考える。
 どう死ぬか、いつ死ぬか、何処で死ぬか。よりも、
 第一発見者になってしまう父と母の心配の方が頭を占める。
 僕の遺体はまた警察の検死室に運ばれるのだろうから、
 またあの場所に両親を行かせるのは、あまりにも可哀想。
 弟が死ぬまでは自分の事ばかり考えていたが、
 今は遺族の事を考えるようになった。
 自殺=苦しみから解放される という考えだった時期は、
 死が希望のように思えた。
 今は死にたいと思っても死ねないので、苦しい。
(あの検死室に両親を2度と行かせてはならない。 僕が死んだら家族は終わる。 それは間違いない。 今でも色々と考えが迷走しているけれども、なんとか生きているし、何も考えないで生きている人よりよっぽど真面目に生きることを考えていると思う。 苦しいけど、逃げたくもなるけど、結果逃げてはいないと思う。 誰かに認めてもらおうなどと考えず、自分の中で納得が出来ていれば、胸を張って生きていけるはず。 今はそう考えています。)

・今日も横になって過ごしてしまった。
 夕方に伯父が来たので1階に降りたが、伯父が来ていなかったら
 さらにコタツで横になっていただろう。
 愛犬の散歩も遅れに遅れ、真っ暗になってから出かける始末。
 愛犬には申し訳ない。
 薬をきちんと飲んでいるのに動けないというのは、
 一体どういう事なのだろう?
 死にたくはなってないから、そっちの方に効いている薬なのか。
(死にたくならない薬を処方されているからです。 横になる事はしょうがないと割り切って処方されていると思う。 だから横になっても問題ないし、死なないことが一番大切な事であって、生きてさえいれば後はどうだって良いじゃないかとさえ思う。 一気に頑張ろうとしすぎだと思う。 もっと目の前の事を考えよう。 例えば決まった時間に寝起きする。とか愛犬との時間をもっと作るとか、小さいことかもしれないけど、出来ない一気に動くことが出来ない出来ないと責めているよりも、小さな達成感、生活リズムを作ることの方が正しいような気がする。 焦らない!)

・薬があと5日分しか無い。
 12月の病院がやっている日をチェックし忘れたので、
 行ってみて病院が休みだったというケースを恐れて、病院に行けない。
 電話1本かければ確認できる事なのだが、電話が怖くてかけられない。
 薬が切れるのはしょうがないと思って、年が明けたら行くようにしたい。
(家族に病院のやっている日を電話してもらう事でも良かったかもね。 薬を切らしてしまうよりははるかに良いし、電話一本書けるくらい家族だって負担にならないでしょう。 電話1本で薬を切らせないならばお安い御用だと思ってくれるはず。 恐ろしい電話に怯えて何時間も過ごすならば、家族をに助けてもらおう。)

・栗金団作りを手伝ったは良いが、手の震えが止まらなかった。
 薩摩芋をマッシャーで潰す事で手が疲れただけかもしれないが、
 何か注意されないか緊張しながら手伝っていたので、
 その恐怖心から震えていたようにも思える。
 栗金団作りが終わって、しばらくしたら震えは治まった。
(家族でワイワイお節を作っているはずなのに、緊張しながら手伝っているのが普通じゃないよね。 今年はちょっと休ませてもらうと言っても良かったかもしれないね。 手が震えてしまうってよっぽどの事だよ。 もっと楽できるように色々と考えを巡らせてみる習慣をつけられると良いね。 考えられないならば、家族に現状を話すだけでも良い。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

投稿者:

Masa

うつ病と統合失調症の僕。 同じような境遇の人へ共感を届けたい! 「マッタリ行きまっしょい」というスタンスです。 ٩( 'ω' )و