僕とうつ&統失 闘病記 2019.10.22 不自由だからこそ自由人へ

発病してからもう15年以上経っているわけですが、周りは順調な人生を歩んでいるのに、自分は何をやっているか?と考えがちです。
ここまで来るともう周りはどうでも良くなってきて、一日をどういう心境で乗り切るか?を考えるようになってきました。
人と比べても勝ち目はないし、僕だけの生き方を面白おかしく過ごしてやろうじゃないか、と思うようになっている。
リア充にはなれない事は分かっています。

面白おかしく過ごしてやろうと外出したりすることが理解されにくくて、コメントでお叱りを受けたりもするのですが、心配をさせてしまっているのだと思います。
でも動ける日しか活動してないし、主治医には事細かく報告して方針を話し合っているので、まずい事をしているという認識はありません。
ちゃんと通院はしているし、薬は切らさないし、毎日同じ時間にちゃんと飲んでいます。
何より、人に何かを言われたからとか人目とか世間体とか一般的な常識とか、そういう所に僕はいません。

同級生はマイホームを買い、子供を何人も作り、社交的に集まって家族ぐるみでおつき合いをしたりしていますが、それが叶わない事では全く落ち込まないようになりました。
むしろ、皆なんで同じような人生を歩むことを良しとしているのか?
僕にはもう分かりません。

結婚はもうしないでしょう。
彼女はいても良いかもしれませんが、結婚願望が無いのだから、作るべきじゃないと思っています。
子供も欲しいとは思いません。
姪っ子甥っ子が居るので、両親は孫の顔が見たいとか、結婚したら?などとは一切言わないですし(気を遣って言わないのだろうけど)救われています。
両親も普通の人と同じような人生を歩んでほしいとは思っていないはずです。
社会復帰して自分たちが死んだ後も1人で生きていってほしいとは思っているでしょうけど。

僕はもう普通ではないので、出来る範囲の事で人生を進めていくしかありません。
そこに不満はありません。
むしろ僕にしかできない事もあるので、そこを伸ばしていって、少しだけ人生を楽しめたらと思います。
幸いにもやりたい事はあるし、それは一筋縄では極められない事。
それが仕事にも関わってくるし、面白い人生にはなりそうである。

このブログには軽い事ばかり書いていますが、考え続けて今は悟りを開いた感じです。
悟っても身体が重かったり無気力な日ばかりですが、そこで落ち込みはしないという事ですね。
体調の良い日は来るし、その日に楽しい事、リフレッシュできる事をやろうと楽しみをとっておくような考えに切り替える事にしています。

ま、病気があるわけだし、ある程度抑えられるけど、治らない病気ではあるので、多くは望みません。
できる事も限られているし、自分の人生を考えたら周りがどうとか、言われる事に対して考え込む時間は無いという事ですね。
人と同じが良いという日本人的発想は僕にはありません。
そこを叩く人もいるのですが、丁重に立場を説明させてもらい、自分の道を進みたいと思っています。

つまらないよ、人に振り回される人生なんて。
この先にどういう人生が待っているかは想像がついてしまうけれども、そこで後悔はしないと思います。

不自由だからこそ、自由人であろうと思います。