僕とうつ&統失 闘病記 2014.12 5日だけの情報

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

(12月の日記は1日から5日までしか書かれていない。
 そして病状の欄も全て空白になっていました。
 一日の行動を読むと、仕事に行き、帰宅後お店のHPを作る作業をしています。
 その他、取引先との話し合いなど行っており、精力的に働いている様子。
 その後の大晦日までの26日間何をしていたのかはもう分からない。
 体調が悪くて日記を書かなかったという事ではないような雰囲気ではある。
 忙しかったのかな?
 ちょっといきなり飛ばしすぎだよね。
 この後の展開を読むのが怖いのだけど、そこはありのまま書きたいと思います。)

僕とうつ&統失 闘病記 2014.11 社会復帰から1つき バリバリ働く

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・朝起きる事が出来ないが、職場に到着すると気合が入るのか目が覚める。
 パソコンの作業が一向に終わらないので、眠くなる薬を
 飲まないようにしているのだが、飲む時間が遅いと
 それだけ朝起きられなくなるので、困ったものである。
 立ちっぱなしなので、足の裏が痛い。

・病院に行ってきた。
 休みが日曜だけになてしまったので、早め早めに行かないいけない。
 薬が切れても同じ動きができるか分からないし、
 そもそも布団から起き上がれないかもしれないから。
 僕がいないとお店は回らないし、かといって店を閉めれば、
 信用が無くなってしまう。
 貴重なランチの時間を食べに来てくれたのに、
 閉まっていたらその人のお昼はどうなってしまうのか?
 なんとしても行かないといけません。
 で、病院ですが、いつものように「どぉ~ですかぁ~」と先生。
 M 「先日話したお店が20日にオープンしまして・・・」
 M 「動けてはいると思うのですが、朝が起きるのがしんどいです」
 M 「朝の目覚めが良くなるような薬、処方はありませんか?」
 先 「じゃぁ、ちょっと変えてみようか」
 M 「お願います」
 M 「また幻聴なのか? 空耳なのか? 
  ただの勘違いなのか?は分かりませんが」
 M 「入り口が開く音や、話声などが聞こえる事があります。」
 M 「それ自体はいい事なのですが、お客さんが来ることが怖く感じる事があります。」
 M 「これは慣れれば済むことなのか? 病気が悪化するサインなのかは分かりません」
 先 「分かりました。 朝起きれる処方にします。」
 先 「お客さんが怖いのも、慣れれば何とかなるかもしれないし、様子を見てみよう」
 こんな感じのやり取りだった。
 今回は薬の飲み方がちょっと変わり、
 朝食後 セルシン5㎎1錠、エビリファイ6㎎1錠、アーテン2㎎1錠
 昼食後
 夕食後 セルシン5㎎1錠、エビリファイ6㎎1錠、アーテン2㎎1錠、リーマス200㎎3錠、ラミクタール100㎎2錠
 となりました。
 これで朝スッキリと起きられるといいのですが・・・
 最後は気合。
 責任と言う物が出来たので、プレッシャーだったり、充実感だったり、恐怖だったり、嬉しさだったり とコロコロ気持ちが変わります。  今はそれについていけてないだけなんかなぁ・・・と。
(怖い事ばかりだよね。 出来なかったら多くの人に迷惑をかけるのではないか?と考えてしまうよね。 でもやらなかったら何も始まらないし、できなかったらそれはそれ。 やらないで諦めているよりもやってダメだったの方が遥かに良い。 一件やはりダメだったのだと落ち込みがちだけど、やる事をやってのこの件はダメだったという事なので、プラスに考えられるようになると良いと思います。)

(今月も記述はこれだけ。
 一日の行動を読み返してみると、一日も休むこと無く出勤している。
 そして出勤前に愛犬の散歩に行ったり、退社後に買い出しをしたり、
 店のHP作りを勉強したりしています。
 大丈夫か?
 今の僕でもこれだけの事をやるのは無理だぞ。
 何月まで働けたのか覚えていないが、その辺りを書くのは気が滅入理想です。
 とにかく頑張っていたのは間違いない。
 母の為、自分の為であるけれど、頑張っていたよ。)

僕とうつ&統失 闘病記 2014.10 記述無しのひと月、相当働いたよう 

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

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()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
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そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

(14年10月の病状に関する日記の記述は一切無し。
 その代わり、一日の行動には、色々と店の開店準備をする様子が書かれていて、気が張っているのが分かります。
 こういう時は大丈夫なんだけどね。 無理して元気にふるまってしまうから、そのうち反動が来るのだけど、この時はこのまま行けるんじゃないか?という期待もチョットあった。
 とりあえず、この月にお店は開店となり、母と二人で仕事をする事になります。
 頑張れ自分!)

僕とうつ&統失 闘病記 2014.09 記述が無い月、無理をしていたんじゃないか?

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・姉に今までで一番いい顔?イキイキした顔?に見えると言ってもらえた。
 随分と僕も快復してきたのだろうか。
 嬉しかった。

・9月の病院に行ってきた。
 月初めの金曜は混むらしいです。
 もろに当たりましたね。
 スマホでYouTubeを見て時間を潰します。
 僕の名前が呼ばれて、診察室に入ります。
 「どぉ~ですかぁ~」といういつもの切り出しの先生。
 「調子いいです」
 「調子はイイのですが、午前中に体が重くて、夕方になると楽になる、典型亭なうつ病症状です」
 「それと、病気が良くなったから薬は必要ないのではなくて、社会復帰する時こそ薬の力が必要だと先生が昔言ったのですが・・・」
 先生、完全忘れている(笑)
 「商売を始めると言う話をこの前したのですが、10月下旬か?11月上旬に開店となりそうです」
 「何をやるんだっけ?」
 「飲食店です。僕は厨房担当です」
 「先生に聞いても分からない事ですが、今の薬でやって行けそうですか?」
 「ダメそうになったら、すぐに病院に来るようにはしますが・・・」
 「ちょっと薬の量を増やしましょう」
 「薬疹は出てないよね?」
 「はい、出てません」
 「今自殺したら、お母さん耐えられないよね」
 「死なないように頑張ります」
 「じゃぁ、応援してます」
 「ありがとうございました」
 っというやり取りだった。
 薬は量が少し増えた。
 朝食後 : 無し
 夕食後 : ジプレキサ10g2錠、セルシン5㎎1錠、アーテン2㎎1錠、リーマス200㎎3錠(就寝前から夕食後に)、ラミクタール100㎎(これが25㎎から100㎎に増えた)
 朝食後も、就寝前も無くなったのは、楽ですが、この処方でイイのかなぁ?  まぁ、先生の事は信用しているので、言う通りにするだけですね。

・薬が効いているのでしょう。
 夕食後に飲む薬を飲むと、1時間〜2時間程で強烈な睡魔が・・・
 毎日寝落ちしていて、母が部屋の電気を消してくれているようなので、
 眠いと思ったら自分で部屋の電気を消して眠るようにしたい。

(病状の欄には何も書かれていないが、店の準備が着々と進められている。 看板を取り付けたり、食器を買いに行ったり、店の外観を塗装したり、食品業者と打ち合わせをしたりである。 病状の所には何もかかれていないから、きっと気を張っているのだろう。 この後どうなるか、自分は分かっているわけだが、やはり無理をした事が影響していくのだろう)

僕とうつ&統失 闘病記 2014.07 改善の余地がある事、社会復帰は雲行きが怪しい事

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・薬の影響なのか分からないが、日中物凄く眠い。
 我慢せずに眠るのだが、そうしてしまうと、
 日中ずっと眠ってしまう事になり、
 一日を無駄にしてしまったような感覚になる。
 ベットで寝ていないからか、熟睡できていないのかもしれない。

・7月の病院に行ってきた。
 今回も中々、濃いやり取りができた。
 先「どぉ~ですかぁ~」(いつもこの切り出し方だよなぁ)
 M「まずまずですが、少し死にたくなってしまいます」
 M「あと物忘れがひどくて、2時間前に行った犬の散歩の事を全く覚えてなくて、2回行ってしまいました」
 先「それは犬にとっては嬉しい事だねw」
 M「はい、僕の運動にもw」
 先「もっと物忘れをしないような処方にしていみよう」
 先「薬疹が出るかもしれないから、出たら飲むのをやめてね」
 M「わかりました」
 M「あと僕の病気は、昔よりも随分と良くなっていると思うのですが、今の状態が限界ですか? 更に良くなる余地はあるのですか?」
 先「ある。 良くなる」
 M「社会復帰に向けて準備をしているわけですが、この状態で戦わないといけないのか? この状態でどこまでできるのか? 気になるのです」
 M「あと、ストレスや恐怖に向き合った時、戦うべきですか? 逃げるべきですか?」
 先「全ての事に対して戦っていたらダメになっちゃうよ」
 先「ケースバイケースだね」
 先「じゃぁ、頑張っていきましょう」
 M「ありがとうございました」
 と言った感じ。
 さらに良くなる余地があると言ってくれたのは嬉しかった。
 もっともっと頑張って闘病しないといけないな。
 ちょっと死にたいのが気がかりだが、小さな波だろう。
 更なる高みを目指します。
 薬はラミクタールという薬が追加されただけです。
 薬疹が出るケースがあるらしいので、結構強い薬なのかな?
 朝 : 無し
 夕 : アーテン2㎎1錠、セルシン5㎎1錠、ジプレキサ10㎎2錠、ラミクタール25㎎1錠
 就寝前 : リーマス200㎎3錠
 新入りのラミクタールが、悪さをしない事を願うばかりです。
(更に良くなる余地がある。 それだけで希望が持てるよね。 実際現在はこの頃より良くなっている。 すべての事に対して戦ってはダメ。これを見てハッとした。 現在は結構全部を処理しようとしていないか? ホドホド宣言をしているけど、まだまだ頑張りすぎているような感覚はある。 気をつけよう。)

・姪っ子を抱っこさせてもらった。
 子供が怖いという気持ちは、ほぼ無くなり、抱っこする事ができた。
 病気がここまで回復してきた事も嬉しかったが、
 それよりも弟の死からずっと家族を失った事ばかり考えてきたので、
 新しい家族が増えた事がとても嬉しかった。
 少し涙ぐんでしまった。
(子供が怖くないという事になれるとは思っていなかったので、安心した。
 家族が増えたことも嬉しい。 病気は良くなってきているよ。)

・姪っ子を今日も抱っこした。
 怖さは全く無くなり、嫌悪感も無い。
 随分と良くなってきていると自分でも感じる。
 体は相変わらず重くて午後になるまでしんどかったが、
 夕方になるといつものように体が軽くなッた。

・体が少し重く10時まで眠ってしまったが、それからは姪っ子を見守り、
 その後、母と僕と甥っ子で、出かける事ができた。
 帰りに母に居抜きの物件を見に行きたいと言われたが、
 ちょっと体がしんどくなってきていた。
 結局、まだ行くのは早いという事で行かない事になったので良かった。
 帰って来てから姪っ子を抱く事も出来た。
 子供、赤ちゃんに関しては全くと言っていいほど抵抗が無くなっている。
 とても良い事だと思う。
(社会復帰に関連する事の話が進むとしんどいのは、どこかで無理をしているから。 そしてそれを母に言わない事も問題で、これは後々事が大きくなってしまってからが大変になる。 何でも話せる関係になっておくことの大切さを感じます。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。