風来旅団 どこへゆく 1991.08 千葉県成田市 成田山新勝寺

成田山新勝寺の再奥にこの場所があります。
高台にあるので、後ろの建物は成田市のあちこちから見れるのですが、ここまで参拝に来る人はほとんどいないです。
お賽銭をあげる本堂の右脇から小道を入って、成田山内の公園を周るように1kmくらい歩くと到着するのですが(直線的に進むとあっさり着きますが、説明できない)、この静けさが僕は好きで、成田に行くとよくここに行きました。

写真は珍しく婆ちゃんと いとこのお姉ちゃんが写ってます。
地元なので、成田山に今更行かないって言うのはわかるのですが、この時は一緒に行ったんだね。
貴重な写真かもしれない。

寺なのに洋風庭園があるこの場所はちょっと異質だけど、小さい頃から見ているから普通の風景に映ってしまいます。

僕はと言うと流石に阪神の帽子はもうかぶってはいないようです。
帽子をかぶっているのは坊主頭が嫌だからでしょう(笑)

小学生の頃は夏休みになると1週間は成田の婆ちゃんの家でお世話になり、毎朝成田山に散歩に行ったものです。
朝のひんやりした空気と、今日も熱くなるぜとセミが鳴きだしていて、参拝客もまだ少なくて、お坊さんが列をなして本堂に護摩焚きに向かう様子を見たり、鳩を観察したり、亀を見たりして過ごしました。
この毎年の成田での1週間が強烈に残っているのでしょう。
僕が好きな季節は夏だと断言するのは、このいい思い出があった季節を今でも感じるからでしょう。

爺ちゃんもこの頃は口うるさいほど元気で、名前をしょっちゅう呼ばれて、話をしました。

中学に入って部活が始まると成田に行くのも年に2回も行けば良い方で、そのまま社会人になり、爺ちゃんが体調を崩しもう危ないという所まで何も知らされなかった。
心配はかけたくなかったのでしょう。
でももっと長生きしてほしかったし、一緒に日本酒を飲みたかった。

そんな感じで成田という土地、成田山と婆ちゃんの家は僕のルーツになる場所。
まだ僕も元気で、無邪気に明るかったあの夏を思い出すと心が温かくなります。

最近は月に1度、婆ちゃんの世話で成田に行くので、また成田が心の中で近くになって、精神的に安定しているような気がします。
自分のルーツである成田山を半日くらいかけて散策してみたいなぁ。

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風来旅団 どこへゆく 1991.08 神奈川県箱根町 箱根彫刻の森美術館

フジテレビ全盛期の頃、スポンサーに彫刻の森が入っていることが結構長い間続いた。
CMだったのかな?
天気予報の時に後ろで映像が流れていたような気もする。

調べてみたら、やっぱりね。
天気予報の時に映像が流れていたそうです。
あと放送終了時(昔はTVの放送は早朝から、終了は深夜という感じで24時間放送していなかった)の映像でも使われていたそうな。

当時はフジテレビ全盛期ですから、多くの人が行った事はないけれど、この美術館で観れる作品を知っていたと思います。

子供ながらに怖かったのは、真っ赤な女性と、真っ黒の男性が何十体と集まってジャングルジムのようになっている作品。
あれは強烈だなぁ。

美術館や展覧会などには結構連れて行ってもらって、影響を受けていると思います。
そういう感性が今役立っているので、やはり親には感謝しないといけないみたいです。

それにしても、Tシャツをジーンズに入れている辺りが、何とも・・・
中学になっても坊主なのは、校則で男子は坊主となっていたからです。
今じゃありえない校則ですよね。
自分が卒業したらすぐに長髪OKになり、自分の中学時代は一体なんだったんだ?という気持ちになりました。

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風来旅団 どこへゆく 1991.03 栃木県烏山市 自転車で卒業旅行、受難の両替

中学校の卒業旅行として、仲良しグループで栃木県烏山市にある民宿?小さなホテル?に行きました。
自転車です。
中学生ですからね。

早朝に中学校近くで待ち合わせをして、ひたすら自転車を漕ぎました。
烏山に到着したのはオヤツ時だったはずです。
2泊したような記憶ですが、烏山何も無いんですよね。
今はあるのかもしれないですが。
山の中にあるテニスコートを見学しに行ったり(テニスをやるわけでは無い)、あとは何をしていたのだろう?

男6人のグループで行ったので、当然夜はいけないチャンネルを見るわけですね。
中学生ですから、まともにいけないビデオを見たことすらないわけです。
だから部屋にあるいけないチャンネルを皆で見たわけです。
見ていたら硬貨が無くなってしまったんですね。
それで6人で行ったのに、何故か僕がロビーに行って両替してくる事になって。
ジャンケンでもしたのかなぁ?トランプで負けた?
渋々僕1人でロビーに行くと、もうバレバレなんですよね。
泊まっているだけなのに小銭が必要なわけないのですから。
ホテルのオバちゃんに、
「あんまり見過ぎるんじゃないよ!」と言われてしまった。
「否、ジュースを・・・」
みたいに、言っても効果が無い言い訳を何か小声で返したのを覚えています。

昼間何をして時間を使ったのか覚えてないし、
何を食べたかも覚えていない。
いけないチャンネルの内容も覚えていない。
でも両替に行ったのは強烈に覚えているんだよな。

若かったね。
笑い話だね。

風来旅団 どこへゆく 1987.10 群馬県、栃木県、福島県、新潟県 尾瀬国立公園 今度は秋

前回の尾瀬は5月の残雪の時期でしたが、今回は秋。
植物は茶色く紅葉しています。
この時は家族ぐるみで付き合いのある数家族で行ったのですが、木道が濡れていて滑る。
一緒に歩いていた女の子が滑り木道に顔をぶつけて口を切ってしまった。

木道の恐怖ですね。
足を引っ掛けてしまったりするし、アスファルトを歩く感覚ではダメなんです。

でも木道って歩いていてワクワクするんですよね。
線路の上を歩くとワクワクするのと同じような、どんどん歩けてしまう。
尾瀬ヶ原を一周したら何kmくらいあるんだろう。
10km以上はあるはず、でも歩けてしまう。
尾瀬の不思議な部分です。

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風来旅団 どこへゆく 1987.08 長野県 霧ヶ峰&車山 両親思い出のデートコース山歩き

山には沢山連れて行ってもらいました。
よほど強烈な印象が無い限り、どこがどこやら分からない部分もあります。
まだ自分が子供だったしね。

この霧ヶ峰はかなり長い距離を歩いた記憶があります。
両親が結婚前にデートで歩いた山らしく、その時止まったロッジを発見した時の母は感激していた。

霧ヶ峰は日本のグライダー発祥の地で、山の上からかなりの数のグライダーが飛び交っていたのを覚えている。
まるで何十って凧揚げしている人がいるみたいに、小さい三角が頭上で旋回していたのを覚えている。
今でもここはグライダーが盛んなようで、週末は愛好家たちで賑わうそうだ。

写真の場所はグライダーが飛んでいた山頂?ではなく、どこか途中で休憩している時の一枚だろう。
変顔して変なポーズを撮ってもらうのが楽しくてしょうがない変態小僧だったな。
顔を消しているけど、その変顔を見せたい気もするが、アホアホパワー全開なのでやめておく。
知性のかけらも無い(笑)

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