僕とうつ&統失 闘病記 2016.11 動けないながらも環境は動く、前進するべき時

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・一日中眠い。
 コーヒーも効かない。
 ただただ横になって時間だけが過ぎてく。
 宿題が進まず残り1週間、焦ってきた。

・眠い。
 一日中眠って過ごしてしまった。
 宿題もあまり進まず、少し焦ってきた。
 やりたいとは思う。が、眠いし、身体が重い。
 薬は今日、切れたので、明日の金曜に行くしかない。
 宿題に取り掛かるまでに3日くらいかかってしまっているので、作業が遅れがち。
 DTMの先生は怒らないだろうが、失望はさせたくない。
 もっともっと期待以上の自分を見せていきたい。
 姪っ子が気管支炎で入院。
 店は、月、火、祝日の今日、と休み。
 明日の営業もどうなるのか分からない。
 僕が手伝えば、店は開けられるかもしれないが、回せる自信が無い。
 身体が重くて動けないからである。
 あとは、足と腕に力が入らず、立ち上がるのもやっとだという事もある。
 母と姉の間で何が話したのだろう、僕に手伝ってもらう気は一切無い様で助かっている。
 有難い事。
 その分、薬を切らしたり、夜更かししたりしないようにして、生活習慣をきちっとしていくしかない。
(母、姉には感謝しないといけないよね。 生活習慣をきちっとして、普通の人が送っている生活リズムに合わせる必要があるけど、それが難しい事だからね。 強い意志が必要になるよ。 本気で変わりたかったらきっとできるはず。)

・11月の病院に行ってきた。
 前月は2回行ったのかな?2回目の処方が2週分だったので、きっとそうであろう。
 っというか、病院にいつ行ったか覚えてないのだから、脳が死んでいる。
 さて今回の病院の一番の目的は、薬を変えて貰う事。
 手の震えの副作用が出る薬は止めて欲しいと言い、変えて貰った薬が、眠くなる薬で、宿題とかやってる場合じゃない。
 そういう大らかな眠気じゃなくて、運転中に対向車線にハンドルを切るような 落ちる 感覚の強烈なのが来るので、困るというより、
 早急に変えるべきという状態でした。
 この日の病院に行く日もセンターラインの凸凹に乗り上げる音で何度も目が覚め、信号待ちでも眠り、後部車にクラクションで起こされ、危険運転ばかりでした。
 病院は激混みで、30人待ちくらいだったけど、先生がやっつけモードの日だったようで、次々呼ばれてく。
 僕は8時に呼ばれたから2時間ちょっと待ち。
 早い。
 そして僕もやっつけられるのだが・・・・(笑)
 まず、薬を変えてくれ、それが第一声。
 眠気が強くて何もできないと伝える。
 また新薬を出すのかと思ったら、9月の手が震える薬に戻すと言う。
 もう薬はないんですか?
 でも、対向車線に突っ込んで死ぬよりは、手の震えなど何でも無い。
 宿題がはかどるならば、それで良い。
 寺ちゃんは手が震えにくくなる薬も併せて処方すると言ってくれた。
 これまで飲んでいたものは眠くなるほかに食欲も増すようで(やっぱりねw)過食に走った理由が分かりました。
 この眠くなる薬のおかげで13kgリバウンドしました。
 またダイエットやり直し・・・・・
 とにかく、手は震えるだろうけど、健康な生活はおくれそうです。
 薬の話しかしなかったなぁ。
 髪の色の事、ちょっと言われたけど・・・・・・
 処方された薬
 朝 セルシン5mg、アーテン2mg、エビリファイ6mg、アキネトン1mg
 夕 セルシン5mg、アーテン2mg、エビリファイ6mg、アキネトン1mg、リーマス200mg4錠
 となりました。
 リスタートですね。
(強力な眠気は危険すぎるから運転なんてしちゃダメなんだけどね。 田舎道だから事故らなかっただけ。 手の震えも気持ちの良いものじゃないけど大事故を起こすよりはマシだから我慢しよう。 過食でのリバウンドはちょっと危険な増え方だよね。 ダイエットも頑張ろう。 自分ならばできるはずだよ。)

・頭が回らない、一日中、何をしていたのががよく思い出せない。
 眠っている時間もあったが、起きている時間も同じくらいにあった、が、宿題には全く手を着けず、何をしていたのか自分でも分からない。
 脳が考えさせてくれない感覚で、気がついたら、21時になっていた。
 これからブログを書いて、寝るだけになるかもしれない。
 何やってんだ僕は・・・・・
(記憶が無い事は良くあること。 珍しいことじゃないし、落ち込むことでもない。 続けてそのまま休んで、明日体調が良かったらそれでいいじゃない。 毎日バリバリ動くのはまだ先の事。 動ける日に程々に活動する事が大切。)

・夜中に死にたくなって、ずっと泣いていた。
 久々に大きなものが来たなと言う感じ。
 少しずつ冷静になってきたので、危険は無かったが、辛かった。
 消えてしまいたかった。

・昨晩から情緒不安定で、泣いたりしている。
 弟の命日が近づいてきているが、それはあまり関係ない。
 久々に強い衝動で死にたいと思うよう様になっている。
 死にたいと書いている間、いるはずのない愛犬の足音がずっと聞こえていた。
 引き止めに来てくれたのだろうか?
(霊感はゼロだから愛犬の足音はきっと思い込みだろう。 自分が死のうとしている時に愛犬の事を思い出しているのだから、まだ生きないといけない気持ちはあるはずなんだよね。 弟にも愛犬にも真っ直ぐに生き抜いたと言える生き方をしているか? それを考えながら生活できればいい方向に行くに決まっている。 落ち込む日もあるのは間違いないし、それをダメだとは言わない。 ダメな日なりに意味をもって生活できると良いのだけどね。 今日は休むことに1日使う!これだって意味ある1日だと思うし。)

・弟の命日だが、昨日の方がずっと落ち込んでいた。
 僕の今日の体調はまずまずで、どちらかというと良い方だった。
 午前中にニトリに行き、コタツ布団を購入、6千円もした。高い。
 その後、隣町のケーキ屋に行き、カフェスペースでスイーツの4点盛りとグレープフルーツの緑茶を注文
 どれも美味しかった。
 ケーキを人数分買ったと思っていたら、弟の分を買うのを忘れてしまった。
 痛恨のミス。
 今後は気をつけねばならない。
 反省した。
(弟の事を忘れられるくらいに過去を引きずっていないって事にも取れるよね。 別の日に弟用にスイーツを供えてあげればそれでいいと思う。 スイーツ4点盛り、いいね! 人生楽しく過ごした方が絶対に得だよ。)

・夕方の100円ショップめぐりが少し疲れたが、問題はない程度だろう
 食欲はほぼ落ちず、コンビニでラーメンやスイーツを買ってしまう
 体重はあまり落ちない。
 どうしても食べるのを我慢できないので、困っている。

・江ノ島に向かう道中、母とやっとここまで回復出来た事を話す。
 いつ頃から良くなったのか?それは分からないが、5月に宝塚まで行った時にはだいぶ良くなっていたのかもしれないという事になる。
 自分で予約を取って、合った事もないMちゃん夫妻と会う。
 人って温かいなとも思う最初の行動だったかもしない。
 弟と別れるときに僕が弟に約束をした、「お前の分も生きるからな」という事がやっと始まる。
 音楽教室とカウンセリングで人生が動き出した感があるので、話しながら、僕と母2人して車中で泣く。
(止まっていた歯車が動き出したような映像が頭に浮かぶ様になったよね。 弟の分も生きる!忘れがちだけど忘れてはいけない事。
一日一日を誠実に生きること。 出来るできないなんてどうでも良い。
人に誠実である事。 命に誠実である事。 忘れないようにね。)

・11月2回目の病院に行ってきました。
 今回は珍しく空いている日でしたね。
 僕は遅めに行ったのに、16番目だったのであっという間に自分の番が回ってきました。
 少しでも勉強しようと持って行った、音楽史の本もほとんど読まないで終わってしまいました。
 さて、診察です。
 どぉ〜でしょ〜か〜といつもの先生。
 なかなかいいですよと。初めて言ったかもしれない返答。
 音楽教室に通うようになってから、体調が良くなっている事実。
 人が怖くなくなり、随分と社交的になってきた事。
 簡単な手伝いならできるようになり、すこし責任の発生する仕事を、良い意味で適度な緊張感をもってやっている事。
 それがプレッシャーや恐怖にはなっていない事を伝える。
 要望として、眠くならない薬に変えて欲しいと言う。
 とにかく僕には時間が無い、仕事が遅いだけだけど、やらないといけない事がかなりあるし、やりたい事もかなりある。
 だから睡眠時間が惜しいと。
 すると先生は意外な事を言いました。
 眠くなる薬は処方してないんだけどね(笑)
 この答えは予想外でした。
 つまり、今まで昼寝し放題の生活をしていて、それが無くなったので、身体がビックリしているだけだと言う事です。
 睡眠時間はどれくらい?と聞かれたので、5時間と嘘を言いました。
 本当はもっと短い。
 僕は順調なのでしょうか?
 また突然悪くなって、落ち込む事もありますか?
 と心配している事をぶつけた。
 すると、そうなったら、すぐに駆けつけなさい。何とかしてあげるから。とこれまた聞いた事も無いような先生の力強い言葉。
 そんな感じのやりとり。
 カウンセラーの先生と同じように、快復してきているという見立てが一致して、とても嬉しかった。
 この調子で頑張っていこうと思う。
(色々と動き出してきたようだね。 突き進め! ダメになったらまた考えればいいだけ、 今は進むべき時、怖いけど進むべき。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.10 音楽教室によって劇的に変わっていく自分

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・やや身体が重い。
 一日中、宿題をやるが、あまり進まない。
 今回は間に合わせなければ!

・10月の病院に行ってきた。
 話題はブログに悪質書き込みを続ける人物の事。
 止めそうにないと言うと、警察に届ければ?と先生。
 総務省に問い合わせると、無料で、本名、住所、電話番号?、メールアドレス、IPアドレス等が調べられると言う。
 僕の病気、被害状況、どうしてほしいかを書き送るのだが、1000文字以内にという事で、なかなか1000文字に入りきらないが、なんとか送信できた。
 返事は2〜3日後という事で、そこで改めて話を聞くとの事。
 メールで来るか電話で来るか分からないと言うので、ちょっと電話は嫌なのだが、仕方ない、連絡を待つしかない。
 手の震えが止まらないので、新しい薬に変えてもらう。
 飲み始めるのは土曜日からになる。
 朝:アーテン2mg セルシン5mg   夜:アーテン2mg セルシン5mg リーマス200mg オランザピン10mg
 オランザピン10mgは初めて飲む薬だと思うが大丈夫だろうか?
 先生を信じるしかない。

・カウンセリングに行く。
 トラウマの事に取り組んでもらう事にする。
 父のどこが嫌いか?どこが許せるのか?を聞かれ、困ってしまう。
 許せないところが意外にも少ないのだ。
 父への恨みは恨みで別。いやなところも別、いい所も別 というように分けて考えられるようになるといいですねと言われた。
 それと日記を10年以上書いていると言う話もすると、驚かれていて、せっかくだからそこに思った本心。
 誰にも気を遣わない本当の自分の考えを書く習慣をつけるといいですねと言われる。
 正直自分をどうやったら出せるのか分からない?
 いかに長い時間気遣いをして生きてきたかという事か・・・
 とりあえず先生の言う通りに書いてみようと思う。

・今日は体が重く、疲れているのだろう、8時に起きているのに二度寝で14時まで寝てしまう。
 宿題が進まないので申し訳なくなってくる。

・体がだるい、薬の副作用か?
 まだ今月の薬の解説を読んではいないが、カウンセラーの先生よれば
 少し調べるようにして、最低限の相性がいいとか、これは副作用が強いなどの事くらいは頭に入れておいた方が良いだろうと言っていたので、すこし調べようと思う。

・左手の震えが治まってきた。
 新しい薬になって、原因の薬が無くなったのだろう。
 とても助かる。
 ほかの副作用は今のところ出ていないような気がする。
 体も若干軽くなったような気がする。
 夜食や昼間、カップラーメンを食べまくり、
 体重が1kgも増えてしまった。
 またダイエットやり直しである。
 どうしても食べたかったのだ。反省

・集中力が続かない。
 宿題のドラムのパートを整理するはずが、なかなか進まない。
 薬の副作用は今のところ出てないが、眠くなるのがそうかもしれない。
 カウンセラーの先生は薬の知識は持っておいた方が良いと言っていたが、僕に覚えられるだろうか?

・体がやや重い
 それよりも、一日中眠い。
 薬の副作用だと言う事は分かっているのだが、この眠気がやっかいで、車の運転は非常に危険である。
 レッスンもまともに聞けないだおろうから、ブラックコーヒーを大量を摂取してから、運転しないといけないだろう。
 心の状態を感じる事を怠っている。
 今自分はどういう状態なのか?
 それを乗り越えるには?受け入れるには?よく分からない。

・薬の副作用でとにかく眠い。
 コーヒーもあまり役に立たないよな気がする。
 家にいるぶんには問題ないが、寝てしまえば良いので。
 成田に行ったりするのは危険。
 音楽教室に行く短距離の移動だけで眠気がやばかったので、心配ではある。

・特にストレスは感じていないつもりだが、体が重いし、死にたい気持ちが出てきている。
 この感情を堪えるのは慣れているが、慣れているから楽というわけじゃない、苦しいし、辛い。

・若干身体が重いが、動けないほどでは無い。
 390mlの缶のタリーズブラックコーヒーを2本飲んで、眠気は無いが、お腹を壊してしまい、トイレに何度も行く。
 今日は短いドライブしかしてないが、心配である。

・身体は重いが、市内で行われているカフェイベントに行く。
 色々な人に出会えて行って良かったと思う。
 前の薬の副作用である左手の震えはほぼ治まり、次の副作用の眠気との戦いが始まっている。
 珈琲を飲めばたいていはだ丈夫だと言う事が分かっているが、精神科とカウンセリングに行くときはどちらも長時間ドライブになるので注意していきたい。

・身体が重い。
 動けないほどじゃないが、結構しんどいくらいの重さだ。
 DTMの宿題は予定以内に終わったし(とりあえず)、ノルマはこなした。
 明日のレッスンまでは、自習でピアノを練習するか?作曲をするか?で悩みそうだ。
 嬉しい悲鳴。
 やはり音楽をやって正解だったと思う。
 あの状態からここまで上がったしね、それを維持しているしね。
 小さな波はあるけれどね。

・午後から足のモモが痛くなり、立ち上がる事が困難になってきた。
 夕飯に呼ばれて立ち上がるとき、テーブルに手をついて腕の力で立ち上がる。
 すわってPCで作業するのは問題は無いが、上下運動になると、力が入らない。
 歩いたりするのも問題ない。
 トイレに立つ度に、立ち上がるのが困難になっているので、朝飲んだ薬が原因だろうか?
 DTMの先生には、明日ドタキャンの可能性があると連絡しておいた。
 昼に行けるかどうか、最終的な判断をして、LINEすると言ってある。
 DTMもレベル2(っと勝手に言っている)になって、初の授業。
 耳コピでアデルを再現するのだから、楽しみでしょうがない。
 なんとかスタジオまでたどり着ければ良いのだが・・・・

・昨日の足の痛みが嘘のように消え、階段も手すりを持たずに上り下りできるし、簡単に立ち上がる事が出来る。
 結局薬の副作用だったのか?病気の症状だったのかも分からない。
 今日はレッスンの日だったので、体調が良くなった良かった。

・若干身体が重い。
 立ち上がるまでが億劫で、立ってしまえば問題ないのだが、トイレに行く事以外はほぼ自室で過ごした。
 今日は死にたくなったので、薬が合っていないのかも?
 死んで楽になりたい。

・カウンセリングに行きました。
 まずは例の問題児の嫌がらせコメントの件の報告。
 裁判を起こす準備は出来ている事を伝えた事を先生に話しました。
 そうなれば、こちらが確実に勝つし、相手側は、賠償金か、慰謝料か、名前はなんでも良いですが、50十万以上は払う事になると。
 プラス弁護士代がかかるから、100万は飛ぶから今後の行動はよく考えてねと問題児に書いた。
 僕は、手に入ったお金で弁護料を払って、余るならば、障害者が支援する場所に1円も手を付けずに寄付するつもりでした。
 あとは、24時間かきこみされていたけれど、会社のPCから書き込みしていたら、終わりだねとは伝えました。
 ランチタイムにニュースを見るのとは訳が違います。
 会社のPCで人権侵害、障害者差別、色々書き込まれましたからねと。
 形式上、お宅の会社の、あのデスクから書き込まれている、それも1度や2度じゃないと伝えないといけない。
 そうなったら、仕事も家庭も失う事になるから、よく考えて行動してねと。
 出来る事ならこのまま消えてくれると助かるし、消えるならば、訴訟も、会社に押しかけるのも、本名や電話番号などは調べないと書いたと。
 脅しというよりは、今後このままだとどうなるか?分かってないようだったので、これから起こりうる事を理解してもらいたかった。
 いきなり訴えるのは僕も気が引けたので。
 問題児はかなりビビったかもしれない。
 警察が家に事情を聞きに行くというサプライズ訪問も計画していたのですが、それも書き込みが止まったので、中断。
 中止じゃなくて、中断ね。
 またやるならば、こちらも再始動するだけですから、とにかく一生おとなしくしていてほしいですね。
 貯蓄も住む場所も家族も失うのは怖いと思ったのでしょう。
 Facebookなどに書き込みを続けるかもしれないと思いましたが、全く音沙汰無し。
 一件落着です。
(そうとう酷いことを連日書き込まれたからね。 当然の対応だと思っている。 可哀想とは思わない。 精神病患者を追い込んで楽しんでいるような輩は痛い目をみるべきだと思う。 ギリギリで踏みとどまってくれたようなので、良かった。 いくら正義はこちらにあると分かっていても、相手の人生に大きな傷が付く事になるからね。 全然楽しくないし、スッキリもしない。 何もなく書き込みを止めてくれる事が一番。)
 
 あとは先生には人付き合いを学ぶには音楽教室は最高ですとも伝えました。
 音楽を習っているのは3割くらいで残りは、人間関係や礼儀作法、人としての立ち振る舞い方を学んでいます。
 30代の中堅働き盛りの時代10数年がすっぽりと抜けてしまっているので、人間関係とか、人脈とかの構築ができないのです。
 そこに加えて引きこもりですからね。
 そんな僕が、今では誰かを介して紹介してもらうまで待つのでは無く、自分から声をかけて積極的に自己紹介をして、話を盛り上げる。
 髪の色も凄いですから、相手は怖かったり、近づきがたい状態だったり、すると思うんです。
 hideが似たような言っていたのですが、こんな外見をしているからこそ、人の何倍も低姿勢、正しい挨拶、円滑なコミュニケーションがひつようなんだよ。と。
 ごもっともです。
 あぁ、あの頭の人ねと一発で覚えてくれますが、僕は普通の人の顔で覚えないといけない。
 一日に何人も紹介されるので、そこはもう集中集中です。
 帰宅してFacebookで同じ名前の人を探して、やっと名前を把握する。
 そんな感じです。
 人間関係が爆発的に増えている。
 もうそうそう、新しい人は出てこないかもしれませんが、人の名前を正しく覚え、軽く会話して、笑いも取って、では後ほど などと言って、その場を後にする。
 一人になっていたら、僕から声をかけて、孤立させないようにする。
 そういう所まで出来るようになった。
 イベントで再会したら、飛んでいって、挨拶をする。
 音楽教室の生徒なのに、今日はありがとうございます。など社員のように言っちゃう(笑)
 前回のイベントで、僕が音楽教室関連の方と、母姉を引き合わせて、お互いの自己紹介をして、円満に初対面を行う。
 人って本当に続いているのですよ。
 もう、人に声をかける事への恐怖などは無いですね。
 劣等感も少し小さくなりました。
 男ってそれしか話題なのか?って言うくらいにお仕事は何をやっている?
 何処のなんて会社だ?
 経営状態はどう?
 みたいな話を直ぐしますが。僕はこれが苦手。
 13年無職ですからね。
 でもイベントではコレが無い!!
 本当にない。
 音楽の話を皆して、ジャンルやら、機材やら、VJやらを楽しんでいる。
 これはいいねとカウンセラーの先生。
 自分から飛び込む事ができるようになり、人間関係を学ぶ。
 でもまだまだだなと思う事も沢山あります。
 環境が人を作る。 本当にそうだと思います。
 
 税金を使って、音楽を勉強しに行ったり、飲み歩いているようなイメージも持っている人も居るでしょう。
 飲み歩いてはいないけど、ツキイチくらいで飲みには行きます。
 飲みに行く事すら勉強です。
 上座の位置を教わったり、乾杯の音頭を任されたり、学ぶ事が必ずある。
 そんな事も話しました。
 貴重な税金を使って習い事など!と思うかもしれませんが、これ以上無いほどのリハビリになっています。
 どんどん自分が社交的になって、勤勉になって、自分を高めようとしている。
 これが税金の無駄だと、言えるでしょうか?
 パチンコで1日中、座っているわけじゃないのですよ。
 自分が変わってる、それも良い方に、ものすごい早さで、これも無駄だという人もいるでしょうが、これと同じ体験を何処に行けば学べるのか、
 こういう人には、教えて欲しいくらいです。
 社会復帰できたならば、ここでの経験は最高の授業になっているはずです。
 僕はこの病気になって、辛い事も沢山あったけれども、トータルだと僅かにプラスではないか?
 僕だからこそ言えて、僕だから受け入れられる言葉がきっとあるはずです。
 それは13年も、時間をかけてじっくり病気に取り組んできたから。
 うつ病患者さんを全員救う事なんて無理です。
 せいぜい5人か10人、その程度でしょう
 でも、気持ちを楽にしたり、起き上がる力を与えたり、今のままでいいんだと教えたり、人の言う事など気にする事無いと言ったり、
 僕だから説得力が出てくる事があるはず。
 カウンセリングの先生にそのことを話したら、それは僕の中に柱が出来ていると言ってくれました。
 自己嫌悪、劣等感の塊だというけれど、人助けが出来る、人助けしたい、と思うようになったのは、自己肯定だと。
 まだまだトラウマは有りますが、人助けは自己否定には無理だからだという。
 そういう見方は無かったのです。
 僕はただ経験を生かして、同じ境遇の人の助けになる。踏み台でもいいです。つぎのステップに進んでくれたら、それでいいくらいの考えでしたからね。
 人助けや、アドバイスは、自己肯定が無いとできない。
 そいういう自分を自分でどう思いますか?と先生。
 上手く答えられなかったですが、自己肯定してたんだな、無意識に。と
 
 1時間の予定が1時間40分も話を聞いてくれて、ありがたいです。
 無口な僕ですが、1時間30分は僕がしゃべっていたと思います。
 密度が濃くて有意義な時間でした。
 
 最初にコンビニで唐揚げを買ってから行こうと思っていたと言って、つかみの笑いはとれたのですが、先生を驚かせた事があります。
 それは、コンビニのレジ脇のおでん、唐揚げ、ポテト、ドーナツ、100円のこコーヒー、どれも注文出来ないという物。
 忙しいだろうに、手間を取らせたくないという心理があって、頼んだ事が1度もないという話をしたら、先生はそれは違うと。
 客単価が上がる、在庫処分になってるかもしれない、なにより、そういう事も含めての仕事なのだから、遠慮など必要ない。
 こちらはお客なのだからと言うのです。
 そりゃそうだよなと僕。
 たばこの○○番って頼まれるのと、殆ど変わりない手間で、売り上げが伸びるなら、どんどん注文してっていう事なのかもしれない。
 先生が、帰りまで今日の挨拶をしたときのコンビニ話を覚えてくれていて、
 帰りになったら、コンビニで唐揚げを買う。
 これが宿題ですと言われた。
 結局、セブンにレブンの唐揚げを買って食べました。
 菓子パンとコーヒーしか頼まなかった僕が、唐揚げを追注文した。
 これはちょっとした自信に繋がりました。
 もっと思った事を言って良いし、やっていい。
 もちろん迷惑がかからない範囲だが、僕のわがまま行動など、ただのだだっ子レベルらしいです。
 偏った堅物な面もいずれ守勢が加わってくると思うのですが、柔らかな心でありたいと思います。
 唐揚げって注文したら、違う物が出てきたので、ちょっとプチトラブルになりました。
 まだまだ注文が下手である。
(コンビニ店員にも気を使って自分が食べたいものを頼めない。 そういう性格だったよね。 いまじゃぁナナチキは大好物。 環境が僕をどんどん変えてくれている。 このまま行けば良いんじゃないかな。)

・身体が重い。
 カウンセリング、ハロウィンイベント、弟の七年忌と3日間動いたので、反動が来ている感じだ。
 午前中にケーズデンキに行って、インクジェットを購入しに行く
 帰ってきてからは疲れてしまって、暫く眠った。
 夜になって、姪甥と一緒に夕食を食べるが、子供の騒がしさに疲れが増す。
 薬の影響からか、また腕とももの2か所のすじが痛むし、立ち上がる時に少し辛い。
 明日どうなるか?
 薬も少なくなってきたので、また切れる前に行かないと!!

・身体が重い。
 一日無駄にして宿題をほとんどやらなかった。
 夜になってやっと動き出すが眠くなって終わってしまう。
 だから宿題がいつも遅れるのだ。
 もっともっと前倒しでやらなくては。
 姪が高熱をだして病院に入院、姉も一緒に泊まる事になったが、
 僕は店を手伝うなどとは言わないし、母も言ってこない。
 僕は一線を退いたのだ、これで良い。
 無理して出て悪化するのはごめんだし、全員がこれでいいと思っているはず。
 過食が止まらず、リバウンド10㎏、ヤバい、でも甘い物が食べたい。
 どうなってしまうのか?
(過食気味だよね。 嘔吐するまで食べてないけど、過食です。
 病気になるから甘い物は止めるべき、コンビニにも行ってはいけない
 自分の為です。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.07 仕事と距離を置きたいと話すが、仕事に出ていたりする

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・今日も仕事に出ることができた。
 2日続けての出勤という事になる。
 身体はだるいし、立っているのも辛かったが、仕込みは途中までやって、帰っていいと言ってくれたので、助かった。
 今は、どこまで仕事に出続ける事ができるか?を試している所。
 やるだけやって病気が悪化するならば、正直に働くことはできないと姉と母に伝えるつもりだ。
 お店が忙しくなってきていて、それはありがたい事なのだが、そのタイミングに合わせて僕の体調が良くなるなどという都合のいい事は起こらない。
 仕込みだけでも来てくれとか、お昼時だけ出てくれなどと、言われるだろうが、仕事自体に出る事が辛い事なので、それも断るかもしれない。
 姉は15時には毎日帰る事になりそうで、そうなると母がすべての仕込み、片付けをやることになる。
 当然僕に出てきてくれという話になるだろうが、体調次第では、すべて断るつもりだ。
 母がダウンするなり、白旗を上げるなりして、お店が終わっても仕方ないと思う。
 申し訳ないが、自分を最優先にするつもりである。
(自分勝手に思われるかもしれないけれども、働けないのだからしょうが無い事だと思う。 家族が願うことはうちで働いてくれる事じゃなくて、病気が良くなってくれること。 その先にやっと働く事が出てきて、それはどこで働いてもいいはずだし、社会とつながりを持ってさえいれば、どこに属するかも関係ないと思う。)

・身体が重く、仕事に行くことが怖い。
 休ませてもらう事にした。
 一日中考えて、帰宅した母に今後は体調が良くても仕事を休みたい、距離を置きたいと話をする。
 問題は姉が学校行事で仕事に出れない時だ。
 これは話し合った結果、僕が折れる事に。
 ただし、店に出るのは、忙しいピークの1時間〜2時間だけで、即帰宅させるつもりだと言ってくれた。
 ちょうど数日前に姉と母で、そうしようと話をしていたところだったようだ。
(仕事と距離を置きたいとやっと話しましたか。
 それでいいと思う。 そう決めたらもう後悔はしない事。
 自分の判断を信じて、体調を良くすることに専念する事。)

・母が休日出勤で仕込みに行っている事を姉から知らされるが、身体が重く、手伝いに行くことが出来ない。
 動けたとしても、店には極力関わらないようにしていくので、行く事は無いだろう。
 冷たいようだが、体調優先である。
 店に行く事によって体調が悪化している今、行くわけにはいかない。
 仕方のない事だ。
(母に全部負担が行ってしまっていて辛い所だが、自分は戦力にはならない。 休むなら休む。半端なことをすると家族を巻き込んで迷惑を掛けるだけになる。 もうだいぶ自分を偽って無理してきたから悪化してきているじゃない。 家族は大切だけど、自分も大切。
 体調を良くすることが最優先だと思う。)

・カウンセリングを受けようと思っているのだが、某メンタルクリニックにい行く事にした。
 カウンセリングをメインにやっている病院だという事と、説明が丁寧で、充実しているから、決めた。
 初診は紹介状が必要だというので、明日病院に行き、さっそく書いてもらうつもりだ。

・7月の病院に行ってきた。
 某メンタルクリニックに行く際に必要な紹介状を書いてもらうためである。
 その他、元気だけど、死にたくなってしまう事を伝えると、薬をまた変えると言われてしまった。
 今回は薬の量が多く、副作用などが心配である。
 朝 セルシン5㎎、アーテン2㎎
 夜 リーマス200㎎4錠、ピーゼットシー4㎎、セレネース3㎎、セルシン5㎎、アーテン2㎎
 という処方で、過去最多の量かもしれない。
 周りからは元気になったように見えるかもしれないが、自殺する実行力も付いてきているので、オーバードーズの危険が高まる。
 溜め込んだ薬など捨ててしまえばいいのに、捨てる事が出来ない。

・病院に行き紹介状を書いてもらったが、肝心の某メンタルクリニックが、転院する患者でないと、カウンセリングは保険適用外になるという事を言われたので、ここでのカウンセリングを諦める。
(自分の病院の患者にならないと保険が適用されないって意味が分からないよね。 金儲けしたいだけの病院という事? こんな病院に行くわけにはいかない。)

・今日は難しい事をやり続ける一日だったが、不思議と集中力が切れる事が無かった。
 体調もだいぶ良いので、助かる。
 どうせまた悪くなるのだが、一喜一憂しない事は身に付いているので、問題は無い。

・仕事に出ないといけないので、朝から気が重い。
 でも無理して出て行き、役には立てたので良かったと思う。

・とても良い。
 薬もこれと言った副作用が無くて問題ないと思う。
 お盆前に病院に行かないといけないだろうから、混むだろうなぁ
 気が重い

・若干体が重いが、仕事を休むほどではない。
 無理して仕事に出る。
 2時間しか働かなかったが、なかなか忙しかった。
(仕事は休むことにしたのか? ちょくちょく出るのか?
 休んでおいたほうがいいと思う。 体調崩して何か有ったら家族に迷惑がかかるんだし。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.02 出勤はしているが、死ぬことを考え続けている矛盾を持って生活している

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・姪っ子がインフルエンザになってしまい、姉が仕事に出られない。
 治るまで僕が仕事に出ないといけない。
 初日の今日は、8時から15時までの出勤。
 お客さんも全然大したこと無いのに僕は疲れてしまって、
 母を置いて帰ってきてしまった。
 帰宅後もキーボードが届いているのに、炬燵で寝てしまう。
 ほぼ何もせずに21時になったら就寝してしまった。
 何日これが続くこのか分からないが、
 無理してでも頑張らないといけないだろう。

・今日はやけに病院が空いていた。
 今日も初診の子がいて、辛そうな表情してたな。
 あの子も良くなって、笑顔が戻ると良いのだけれど。
 その子よりも先に順番が来たので、30分くらいしか待ってないかも。
 ラッキー。
 先「こんにちはぁ」
 M「こんにちは、今月は死ぬ事ばかり考えてました」
 先「ふむ」
 M「刃物に執着があるのです」
 先「切れる包丁があるの?」
 M「料理人時代に使っていた、キレキレの出刃があります」
 M「やるならば、それがいいと思っています」
 M「衝動的に包丁を握って、こう・・・
 (首の左側、頸動脈の辺りを指差して)ここを切りたくなります」
 先(背もたれにもたれ掛かり、目をつむって、どうしたものかと、話しを聞くことに集中している)
 M「死に場所も考えます」
 M「風呂場が良いのかなと」
 M「手首を切るような甘い事はするつもりはありません」
 M「あるいは、家の外でやった方が良いのか?・・・」
 M「近所の河原辺りを考えています」
 M「家なら、Yさんちのご長男も自殺したみたい くらいにしか情報が漏れないけど、外だとどこで死んだ?どんな死に方だったか、
 死の様子を噂好きのおばさんのネタにさせられますから悩みます」
 M「風呂場だと、もうその風呂誰も入れなくなると思うのです」
 M「この家にも住めなくなるかもしれません」
 M「なのでなるべく刃物には近づかないようにしています」
 先「中国人とか韓国人が暴れて、警官が取り押さえるような事件がたまに起こるけど」
 先「警官がその時刺される事が結構あってね」
 M「警官側が刺されるのですか?」
 先「結構殉職してるんだよ」
 先「そういう時は、刺されてから1日とか過ぎてから亡くなってる」
 M「直ぐには死ねないのですか?」
 先「死ねない、苦しみ続けて亡くなるみたいだね」
 M「そうですか・・・・ すぐには死ねませんか」
 M「失血性ショック死、というのも目にしますが、あれはどういう物なのでしょうか?」
 M「血が足りなくなって、酸素が頭に回らなくなって、意識を失うような順番でいいのでしょうか?」
 先「あれもすぐに意識を失うような事は無いよ」
 先「相当な出血をしないと無理だし、動脈というのは、神経と結びついているから、想像を絶する痛みが伴う」
 先「麻酔無しで虫歯治療をする痛みの比じゃないよw」
 先「雷に打たれたような激痛がどこまでも続く」
 M「あとは、事故死ですね、憧れるのは」
 M「ここに来るまでに1時間運転しますが、トラックとすれ違う時、このトラックがハンドルを切って、僕の車に突っ込んでくれないかと」
 先「トラック側だって荷物や車両の事を考えたら、突っ込みたがるようない人はいないよ」
 先「それに今の車は安全に出来ているから、3か月骨折で入院 とかで終わる可能性のが高いと思う」
 M「はぁ、やはり首つりが確実なんでしょうかね」
 M「1分なり、30秒なりで、意識が飛ぶようにできれば、一番苦しみません」
 M「弟の検死官が、慰めのつもりで言ってくれた事なのかもしれませんが、首を吊ってすぐに意識が無くなった人は綺麗な顔をしている」
 M「なかなか死ねず数分間苦しんだ方は、首だか顎だかに、むくみだったか、アザができると」
 M「弟はそれが無かったので、楽に死ねたのかなぁと」
 M「僕もそうありたいです」
 (その話が気休めなのか?事実なのかは寺ちゃんは知っているのだろうが、何も言わなかったし、こちらからもそこは聞かなかった)
 先(この患者は危険と思ったか? 何を言ってあげられるか考えてか? 初めて見る悲壮感が現れた寺ちゃんの顔。こんなの初めて見た。
 何やらいつもよりも多めにメモを取っている)
 M「年寄りが、自分はあと何回桜を見る事が出来るだろうか?みたいな話を毎年聞きますが、それに近い感覚があります」
 M「あと何回、家族と食事ができるだろう? みたいな事を考えます」
 M「弟もそんな事を考えていたはずですし、最後の2週間は、親孝行ばかりしていました」
 M「僕も最近は、家事を手伝ったりしています」
 M「母が年老いた事を感じるようになった事もありますが、罪滅ぼし、、、、死んだらゴメンねって謝りながら手伝ってます」
 M「遺書は書かないでしょうし、身辺整理もしてないのですが、漠然と、いつまで生きていられるだろうって考えます」
 M「両親と僕、どちらが先に死ぬだろうか? みたいな」
 M「よく鬱病になるとこれまで楽しめていた事が、楽しめなくなるって聞きますよね?」
 M「ゲームとかは全くやらなくなりましたね」
 M「時間の無駄とは言いませんが、もっとこう、何かを残してから死のうという気持ちがあります」
 M「どこかで焦っている所がありますね」
 M「あとは悔いを残さないようなしないと、とも考えてます」
 M「行きたい場所、会いたい人、ちゃんとお礼も言いたいのです」
 先「今日、話しを聞いていると、幻覚幻視の話が出てこないけど、そっちはどうかな?」
 M「人影が見えたりしますが、噂されているような感じや悪口を言われているような感じはありません。 影に対する恐怖感もありません」
 M「幻聴はほぼ無かったかな」
 M「母が、今体調良さそうだから、薬を変えないでもらえるなら、そうして欲しいと言ってました」
 先「お母さんは何も分からないからね、君の本当の状態を聞いてからでないと」
 先「でも、もうこうなってくると、薬は何を出しても一緒なんだよね」
 先「包丁の事は、もうずっと考えてきた事だろ?」
 M「はい、そうです」
 M「薬は先生から見て、どう思われますか?」
 先「うむ、変えないで行って見ようか」
 先「何か頭の中を変える事を考えた方がいいね」
 先「悪い事を考えてしまう時に、それを打ち消すような事を」
 先「料理は良い」
 先「心の病になった人は、人と感性が違うから、素晴らしい料理を作る人が多い」
 先「新メニューでも考えてみたらどうかな?」
 M「厨房に立つと、生き死にの事など考えてられないのは分かります」
 先「じゃぁ、新メニューを考えるという事で・・・」
 M「どうもありがとうございました」
 とまぁ、こんな感じです。
 薬は
 朝食後 アーテン2㎎、エビリファイ6mg、セルシン5㎎
 夕食後 アーテン2㎎、エビリファイ6mg、セルシン5㎎、リーマス200㎎3錠
 のまま、変わらず。
 頭の中切り替え。
 それがピアノの練習なのかは分かりませんが、安らかな気持ちになるのは確かです。

(病院では死ぬことを具体的に考えているように書かれていますが、1日の行動を見ると仕事には行っているようです。
姪っ子の体調不良で仕方なく無理をしているようでもありますが、体調が悪いという記述が無いという事は、落ち着いて自分の事を考えていたのかもしれません。
首をつるよりも刃物を首に刺したくなる衝動は前からあり、
苦しむ方法だと分かっていますが、自分へのせめてもの罰という捉え方をしていて、包丁で死ぬのも悪くないと考えてしまう自分がいました。
現在ではそこまで考えることは無くなりましたが、今後の事を考えるとどうしたら良いのか?しかし考えた所で行動に出ることができず、時間だけが過ぎていくことに焦りを感じています。
とりあえず死ぬことは問題外なのでやらないようにしていますが、それには体調を安定させること、体調が悪い時、悪くなると予想出来る時はおとなしくしている事が大切かと思います。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.01 仕事にほぼ行けなくなる

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・店の営業初日にも関わらず、仕事に行くことができない。
 もう、今後はずっと行けないような気がしてならない。

・一日中眠って過ごしてしまう。
 炬燵から出れない、愛犬の散歩もなかなか行ってやれない。
 何ならできるのか?それすら分からない。
 ただただ死にたい死にたいと思っているだけで、
 身辺整理もまるで手につかない。
(今でも死にたくなる事は毎日のようにあります。
 当時より衝動が弱くはなったけど、一生こうなんじゃないかとも思う。
 それでも生きているんだから、ずっと苦しみは続くのかもしれない。)

・朝早くに目が覚めたので、このまま仕事に行けるかと思ったが、
 そこまでの気持ちが付いていかない。
 結局も今日も、一日中炬燵で横になっていただけである。

・今日は姪っ子の健康診断だったので、姉が途中までしかいることができなかった。
 前もってこの日に出られるか?と言われていたので、
 体調を上げることができていたので、出勤するのは楽だった。
 お客さんはまぁまぁだったが、自分の感覚は鈍くなっているし、
 仕事が遅くなってしまっているので、母に迷惑をかけてしまった。
 明日も出勤できるならば出たいと思っているが、
 頑張ってしまうとその反動が来るのがお約束、
 たぶん体調が悪くなるような気がする。

・夕方まで起きられないので、出勤できない。
 愛犬の散歩もいけないので、夕方まで我慢させないといけない。
 薬に睡眠薬が入っているのか? 一度眠ると夕方まで目が覚めない。
 これではまずいと思うのだが、、、、困った・・・・

・薬が変わった。
 朝食後:アーテン2㎎、セルシン5㎎、エビリファイ6㎎
 夕食後:アーテン2㎎、セルシン5㎎、エビリファイ6㎎、リーマス200㎎3錠