僕とうつ&統失 闘病記 2019.06.16 さり気なく寄り添う形

病名までは分からないが、同じメンタル系の病気を持っている人に会うことがある。
この人1人というわけじゃなく、数人の人とそれぞれ別の機会に会うことが数年の間に何回も有った。
こういうご時世ですから、メンタル系の人に会うこと自体珍しくないのですが、会ったからと言って何を話すわけではありません。
病気の事は絶対に触れない。
笑顔で少しだけ会話をするだけにとどまるけど、頑張ってほしいと心から応援しながらの会話である。
僕だって完治してないから、お互い大変だけど頑張っていきたいですね。って感じかな。

外で偶然に出会うわけですから、その人は外に出られるまでになっているという事。
まだまだ家から出られずに苦しんでいる人の方が遥かに多いはず。
こういう方達と話をしていると気付くことがあります。
皆さん、理解者が居るという事です。

僕のように1人でフラフラと出かける人は少ないのかもしれません。
パートナーだったり、家族だったり、誰かしらと一緒なことが多いように感じます。
その感じが、
心配だから付いて来ているというわけでもなく、
サポートしなくてはというわけでもなく、
せいぜい運転役を買って出てくれて、目的地に到着したら、後は本人の自由にさせているという感じなんですよね。
これ共通している。

すごくリラックスしている感があって、見守っている距離感が完全放置でもなく、うるさく口出しするわけでもなく、1人の人間として尊重されているなという雰囲気ね、雰囲気。それが伝わってくるのです。

この付かず離れずの絶妙な距離感と信頼感があるから、当人は外に出られるのかもしれないし、楽しみを見つけることが出来たのかもしれない。
僕だって家族の理解なしでは生活していく事ができない。
どれだけ救われている事か。

やはり僕も病人だけど病人としては向き合わず、いち個人として尊重してくれている部分が多々ある。
理解者がいてくれる。という事がメンタルに与える好影響は計り知れないと思う。
生きてみようか と思えるし、生きなければとも思う。

当人と家族、その絶妙な距離感が必要なのだと思う。
僕の病気は今の医学では治らないとされています。
薬でかなり抑えることが出来、一見すると普通の人のように見せることも短時間ならば出来るくらいでは有るけれど、薬無しで生活は出来ないし、一生あの時は病気だったねと振り返る事にはならない進行形。
一生家族に心配をかける存在になりそうだけど、それでも前に進もうとしている姿勢は見せていきたいと思う。
それについて、自分も頑張っているとは言わないし、家族もその様子について触れることは無いでしょう。

だから家族には感謝しないとね。
なかなか口に出して感謝を述べたりは出来ないのだけど、いつかちゃんと伝えたいなと思っています。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

あぁ、食い道楽 隠れ菓子 郵便受けにカラメルなシュワシュワ

郵便受けを開けたら、コーラが入っていた。
体調を気遣って、家まで来てくれて、何も言わずに去っていった友。
もう犯人は分かっているのだけど、ありがたいス。
感謝感激雨カラメル

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。