風来旅団 どこへゆく 1985.06 茨城県つくば市 つくば科学万博’85

当時、つくば科学万博は物凄い人気だった。
学校の授業でも万博のテーマに沿って紙新聞的📰な物をグループで作って競い合ったり、TV📺でも毎日のように特集が組まれ各パビリオンの紹介を日替わりで行なっていたりした。

斬新な形の建物が多く、それらは皆ピカピカで汚れひとつ無く、未来は明るいというメッセージが会場全体から伝わってくるようだった。
全部でいくつの企業が参加していたのか分からないが、1企業1アトラクション?建物?を作るわけで相当なお金がかかっている事は子供ながらに理解していた。
時代がバブル期だった事もあり、楽観的な丼勘定で建てられたような雰囲気がどの館にもあった。

デカイTVがあってね。
ちょっとしたビル🏢くらいのサイズがあったからね。
今の時代だったらLEDでどれだけ大きな画面でも作れてしまうだろうけど、この当時ブラウン管の時代だから、確か小さな画面を並べてひとつの映像を流すようにしていたとかだったかな。
この巨大TVに手を振るとその子の画像を画面に映してくれて、すぐに振り向いて写真を撮ると、画面と本人が1フレームに収まるなんて事も出来たりした。
そういう裏テクみたいな事ができるという情報もTVでやっていて、ちょっとした『熱狂』みたいな物があった。

この時期に学校🏫で1枚のハガキ✉️を書いた。
未来の自分に送るタイムカプセル💊だ。
学校で書いて、それを万博側(郵便局📮だけど)が管理し続けて、16年間後に届けるっていうのが驚くよね。
学校ぐるみで万博応援してたもんな。
ハガキの宛先は自宅だが、届くのは2001年。
21世紀になった年の元日🎍である。
ハガキには、このハガキが届いたら、またクラスメイトで小学校に集まろうという物だった。
集まる日付も書いてあったけど、本当に小学校に行った人はいたのだろうか?

さて、YouTubeで科学万博を検索してみたら映像がありました。
当時の様子が少しでもわかっていただけると嬉しい😌

写真は後ろにFUJIの文字があることから、富士通パビリオンだと思われる。
この館が何を展示していたかは思い出せないが、結構お気に入りの場所だったように思う。

全てが活気付いていた時代。場所。
もう一度戻ってみたい年代です。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

当時の会場、各パビリオンの風景↓
今見てもワクワクするデザインの建物ばかりだ


風来旅団 どこへゆく 1985.04 茨城県水戸市 森林公園のトリケラトプス

恐竜大好きっ子だったので、この公園は大のお気に入り。
中でもトリケラトプスが一番好きでした。
こんなツノを持った生き物がティラノサウルスと戦ったりしたのかなぁ。

初代ジュラシックパークにもトリケラトプスは出てくるのですが、病気で横になっているだけだったので、非常に残念でした。
呼吸をしていて、お腹が大きくなったり小さくなったりする描写は嬉しかったけど、立ち上がって欲しかったなぁ。

今、この公園はどうなっているのだろうか?
恐竜たちもかなりお年を召されているだろうから、登ったりはできなくなっている可能性もある。
撤去されたかもしれないしね。
ちょっと気になるなぁ。

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風来旅団 どこへゆく 1984.08 栃木県 日光 華厳の滝

色々と覚えている方だと自負しているけど、この華厳の滝を見た記憶は一切無い。
絶対に行った事は無いと言い張っていたが、こうして証拠が出てくるとグゥの音も出ない。
後ろに小さく写っているのが、日本三大名爆の華厳の滝です。
ストンと落ちるだけなので、面白く無いと僕は思うんですけどね。
誰が三大〇〇とか決めるんでしょうか?

それにしても兄弟して阪神の帽子を被っているんだよね。
どれだけ阪神ファンやねん。

そして相変わらず露出の多い服を着ている僕。
こいつは高地に行っても寒く無いのか?

それにしても、本当に華厳の滝見たんだね。
記憶無いわぁ。

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風来旅団 どこへゆく 1983.12 茨城県 つくば市 松見公園でいけない事

この公園、ビールの栓抜きみたいな非常に面白い形をした塔があり、印象深いんだけど、塔の上からの景色なんて興味ないよね。
面白い形をした屋根があって、そこに登れないようにする為の柵が壊れている事をいい事に、親戚の子供たち全員で屋根の登って滑り台のようにして遊んだ。

落ちたら大怪我。
そこに登ったら危険と言う大人もいなかったし、入ってはいけない場所とも言われなかった。
大らかな時代です。
ただただ面白かったのを覚えている。

悪ガキだったのかもしれないな。

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風来旅団 どこへゆく 1983.08 東京都 有明埠頭 船の博物館近く

化学大好きっ子だった僕は、船の博物館にも大興奮。
ハイテンションでご機嫌だったのを覚えている。
大人になったら絶対やらないよね、この場所、この位置、このポーズ。
姉弟の中で僕が一番はしゃいでいたから、両親も連れてきた甲斐があったと思ったかもしれない。
お金がかからないけど、色々な体験をさせてあげようという考えには感謝しています。
ちゃんと覚えているしね。
無邪気な子供時代は宝物です。

それにしてもいつも露出の多い服を着ているような気がします。
野生児(笑)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。