僕とうつ&統失 闘病記 2019.09.12 生きたくてもそれが叶わない人に会いに行く その3 会ってきました

歳が近い親戚の体調が悪いと聞きました。
不治の病で、もう手の施しようが無い状態。
明日亡くなるかもしれないし、半年後も生きられているかもしれない。
そういうギリギリの所で生きている人です。

先日の台風で千葉県は大規模停電になりました。
そのおかげで病院内は真っ暗、エアコンも止まり、かなり暑い病室で窓だけを開け、奥さんが一日中うちわで仰いであげるという状態。
電池式の扇風機は買い占められ、どこも売っていませんし、時期的にもう取り扱っていない店しか有りませんでした。

問題は暑さではなく、タンの吸引器が使えない事。
常にタンが絡み、肺に少し入ってしまっているといいます。
肺炎になったら、恐らく助かりません。
いつ肺炎になってもおかしくないという状態なので、僕一人昨日会いに行ってきました。

街中が停電していて、信号機は真っ暗で、譲り合いの精神で交差点を車が行き交う。
コンビニも全店閉店。
ガソリンスタンドもやっていないゴーストタウン。
怖くなりました。
こんな町で医療を受けているのかと。

病院に到着し、病棟に入ろうとすると、救急車で出ていく人達の姿が。
熱中症で亡くなっている方が出ているとニュースでやっていますが、体力の無い人から亡くなていきます。
この日だけでも救急車を10台見ました。
みなサイレンを鳴らし、ここから2時間はかかる隣の県の病院名の救急車が、走って病院にお年寄りを乗せて移動していたりする。
千葉県中がギリギリの生活を強いられています。

病棟に入って驚きました。
真っ暗なのです。
ロビーやナースステーションはカンテラで僅かに明るいのですが、階段は真っ暗(エレベーターは当然使えない)
階段の踊り場で食事を作っていると聞きました。
水も電気も無いのにどうやって食事を作っているのか想像もできません。
階段は最初の1段目から分からないほどの暗さで、スマホのライトを点けてゆっくり登りました。

病室に入るのがちょっと怖かった。
どういう状態か目にする事、変わり果てているのではないかという気持ち。
ショッキングな絵が入ってきましたが、何とか僕が来たことは分かってくれている様子を少しだけ見せてくれました。

暑さ対策は電池式扇風機がダメなので、考えたのですが、冷えピタ系のヒンヤリする湿布のような物を大量に購入し持ってきていました。
それを脇の下と内股に貼ってあげると、動かせる左手でOKのマークをしてくれました。

コミュニケーションは一切取れませんでしたが、奥さんと色々と話しをしながら2人でうちわで仰ぐ事1時間半くらいか。
あまり長居するものでもないから、帰ってきたのですが、当たり前のように生きようとしているんですよね。
自分はすぐに死ぬことを考えてしまうのに。
なんて強い人なんだ。
もう本当に最後の最後まで来ていると言ってもいい状態なのに、力強く手を握り返してきた。
自分は何なんだろう?
一緒に頑張ろうと力を振り絞ろうとせず。
自分の情けなさに落ち込む事にもならず。
昨日からただ、あの人の生きようとする姿を考え続けています。
命って何なんだ?
人は何のために生まれてくるのか?
考えているような、何も考えられないような、時間が止まってしまっています。

次回は3日後に両親と3人で会いに行ってきます。
電気が1日も早く復旧し、あのタンを吸引してほしい。
本当にこのままでは、、、そういう状態です。

僕とうつ&統失 闘病記 2019.09.04 生きたくてもそれが叶わない人に会いに行く その2

身内に僕とそう歳が離れていないのに重病と闘っている人がいます。
余命は分かりません。
半年後も生きていられるかもしれないし、明日亡くなるかもしれません。
状態が酷いとだけ聞いていたのですが、コミュニケーションは取れないだろうし、繰り返しの手術でどういう姿になっているかも分からず、そういう状態を見られたくないのではないか?と勝手な解釈をして日にちが経ってしまいました。

先日一族で集まることがあり、そこでこの人の話にも当然なり、うちの両親と自分との3人で9月中旬に会いに行く事にしました。
その日付が最短のスケジュールです。

真面目で温厚で明るく、働き者だったこの人はもっと生きたいはずですし、生きるべき人です。
それに対する、何かちょっとした事があるだけでも死んで消えてしまいたいと考えてしまう自分。
僕のような人間こそが死ぬべきなのだと思うのですが、一見元気に生活できてしまっている。
この皮肉な逆立場が当日自分に何を感じさせるかは分かりません。
お互い負けないように闘おうと言えるのか?
泣いてしまうのか?
手を握る事ぐらいしか出来ないかもしれませんが、何か少しでも元気な気持ちになってくれればと思います。

自分に出来ることはほぼありません。
でも行かないと絶対に後悔する事になります。
そしてこれが今生の別れとならずに、僕一人で毎月お見舞いに行けたらと思います。
会いに行くくらいしかやれる事が無いのです。
片道3時間の距離ですが、そんな事は関係ありません。
気持ちの問題だと思うのです。

僕とうつ&統失 闘病記 2019.09.02 生きたくてもそれが叶わない人に会いに行く

昨日は日曜日。
我が一族が、、、という程の一族じゃないですが、成田の婆ちゃんの子供(父、叔母、叔父)とその旦那さん、奥さん、親戚のお姉ちゃんとの8人で集まり、婆ちゃんの事について話し合いました。

今は交代で成田に行き、婆ちゃんの世話をしているわけですが、足腰の弱りと、物忘れが目立ってきたという共通認識でした。
95歳の婆ちゃんに外に出て歩いて運動しろとも言えず、むしろ転んで骨折でもしたら寝たきりですから、家の中の事だけでもやってもらう事でいいんじゃないかという事になりました。

食欲はあって、僕よりも食べるし、肉が食べたいと言うくらいなので、100まで生きてくれると信じていますが、先日ガスがつけっぱなしだったようで、ガスは使えなくしようという事で子供達の意見は一致。
ただ、何もかも危険だと奪ってしまうと、何もしなくなって一気に弱るし、認知症にでもなったら大変だという事でIHにしたらどうか?という意見が出た。
これならガス漏れや火事の心配は無い。
基本的に婆ちゃんの食事は火は使わないで済むようにしているけれど、ずっとやってきた習慣や、たまには料理したいと思うのかもしれないから、ガスを点けたのかもしれない。
婆ちゃんに料理する意思があるのか確認しようと思う。
使いこなせるかは分からないけど、それは別問題。
婆ちゃんの送りたい生活を安全に実現してあげる事も大切かと思います。

それと親戚のお姉ちゃんと1年ぶりくらいに会ったのですが、いつ会っても美人で元気。
でもそれは外見や一瞬の印象。
お姉ちゃんは数奇な人生を歩んできた人で、僕などには想像もできない苦労をしてきているし、今もそれは続いている。
弟に線香をあげたいというので隣の部屋に行き2人で話しをしたのだが、今の状況を聞き、本当に人生の不平等を感じた。
この人の心に平穏が訪れる日は来るのか?晩年はどうなってしまうのか?
いつも笑顔のお姉ちゃんだけど、どれほど辛い人生を歩んできたか。
もう少ししたら、色々と落ち着く事になりそうですが、そうしたら2人で会って話しをしようと言われました。
早口で元気にしゃべるお姉ちゃんが、無口な僕を誘う事自体初めての事で意外だったけど、落ち着くであろうタイミングとお互いこの歳になった事だから話せる事もあるという事だった。
婆ちゃんと僕の両親が亡くなったら、この名字、この一族の名前を継ぐのは自分しかいなくなる。
叔母、叔父は別の姓になっているし、お姉ちゃんも姉もそう。
そういう事も含めて僕と一度話しをしておきたい事がありそうだし、今だからこそ言っておきたい事があるのだろう。

一族がどうとか言っているが、成田から数時間かかる遠い場所に住んでしまっているし、婆ちゃんの面倒も月イチしか見に行ってあげられない。
お姉ちゃんの人生の事だって、どれほど辛いことの連続だったかざっくりしか知らない。
お姉ちゃんは早口で、僕の5倍は話しをするから、体調が良い時でも聞き手にまわるのは大変かもしれないが、婆ちゃんが亡くなる前に一度一族の事を知って、よく考える時間が欲しいと最近思っている。

さて、タイトルの生きたいのにそれが叶わない人ですが、一族のある人物です。
僕と年齢は2つしか違わないですが、余命は半年もつかどうからしい。
今どういう姿をしているのか?
意思の疎通はできるのか?
それを聞いてしまっていいのか?
会いに行く事は本人が苦しむことに繋がらないか?
色々と考えてしまってこれまでは状態をやんわり聞くだけにしてきたのですが、近い内に会いに行くことにしました。
色々考えちゃうよね。
まだまだ若いこの人はどれほど生きたいと思っているか。
五体満足でいられることの有り難さをどれほど知っているか。
この人の生きたい気持ちに対する、弟含め自分の死んでしまいたいと考えてしまう弱さ。
病気がそういう思考にさせてしまう事は分かっているけど、生きていられる事、命の意味を考えさせられる事になるでしょう。
意思の疎通は難しくても、何か受け継げる事があるかもしれない。

先日も僕は死のうとしてしまいましたが、自分の弱さを恥じて踏みとどまりました。
自分は恵まれすぎている。
生きたいと思っている人に会って、少し自分の頭にガツンとやってやりたい気持ちもある。
メンタル的に弱い我が家の流れを、自分で止めるくらいの覚悟が欲しい。

親戚のお姉ちゃんと話しをする事で、覚悟や自覚が芽生えるような予感やら期待はある。
相当重い信じがたい話しを笑いながらお姉ちゃんは話すのだろう。
僕はきっと涙を堪えられないだろう。

お姉ちゃんと話しをするのは、1年後か?もっと後か?
それまでに自分も少しは芯のある人間になっておこうと思う。

色々な人生があり、自分の人生を精一杯生きる事しかできないのだけど。