僕とうつ&統失 闘病記 2016.06 どんどん自責する

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・身体が重く、今日も出勤する事が出来ていない。
 月曜にちょっと顔を出したくらいで、あとは毎日休み
 お店はたまたま暇だというし、仕込みも無いようだったけど、自責の念は消えない。
 明日は姉に用事があるので、僕が朝から出勤する事になるが、動く事が出来るだろうか?

・母に病院に連れて行こうか?と言われるが、それを言うのをやめてくれと言う。
 追い込ませているだけだと分からないのか?
 溝は埋まらない。
(病院にずっと行かないから心配をしているんだし、運転も辛いだろうからと声をかけてくれているのは分かるでしょう? 病気の話には触れないで欲しいだろうけど、乗せていってもらってでも病院には行くべきです。)

・身体が重くて、仕事に出る事が出来ない。
 母、姉、姪っ子には悪いが、仕事に行く事は出来なかった。

・身体が怠い。
 姉から仕込みの方法に自信が無いと母が言っているから来てくれないか?と言われるが、無理だと答える
 申し訳ないが火力を調節して くらいしか言えないので、断った。
 後はひたすら眠った。
(正直、商売の事よりも自分の事で精一杯。 自分を責めてもしょうが無いから静養する事に専念するでいいんだと思う。)

・仕事に行って、手伝いたいとは思うのだが、身体が動かない。
 母は毎朝7時には家を出て、夜7時8時に帰宅する。
 僕が行けば、6時には帰ってこれるだろう。
 申し訳ない気持ちもあるが、しんどくて辛くて苦しく、家で安静にしていたいという気持ちもある。
 先生はやるだけやって悪化する方が、気持ち的には楽なはずと言ってくれたのだが、動けないので、仕方がない。
(母も僕の体調が悪化した時の事も考えて仕事を初めたはず、安静にしていても良いんじゃないかな。)

・体調は悪い。
 10のうち3くらいだろう。
 起きていることができなくて一日中横になって過ごす。
 途中買ってきた甘味を食べて過ごす体重がかなり増えるだろうと思う。
 自分が情けないし、大嫌いである。
(この時期の食べているものを見るとかなり甘いものを食べている。
 糖尿になってしまわないか心配です。
 現在もかなり食事制限をしているけど、何とか糖尿にならないで済んでいる。 甘い物に逃げると楽になれるけど、別の病気になったらしょうが無い。 自分の健康のことをもっと考えて。)

・身体が重いが、無理をして仕事に出る。
 この無理を続けると体調はどうなるのか?
 筋肉がつくように、鍛えられて、毎日仕事に出れるようになるのか?
 それともまた病気が悪化して、深刻な問題になるのか?
 とにかくやってみるしかない。
 部屋の中にいるだけでは、何も進展しないからである。
(鍛えられて毎日仕事に出られるようになるか? なりません。
 脳の中の信号が鍛えられる事はない。 信号の行き来が上手くいくようになる事もあるでしょうけど、無理をしているとあるので、ストレス、負荷になっていることをやっているわけですから、悪化しか待っていないと思う。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.05 現在にも繋がる話、GoかStopかの線引きは自分でするしかない

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・5月の病院に行ってきた。
 4月は病院に行ってなくない。
 薬を飲んだり飲まなかったりしながら、無くなるのを先延ばしにしていたのだ。
 GWにも入っちゃって病院休みだし、仕事も出続けていたし、しょうがない。
 今日の病院は、GW後の最初の日という事で、凄まじい混みよう。
 なんと5時間待ち(笑)
 たまたまナビでDVDが見れるんだったなぁ なんて考えていて、hideちゃんのJUNK STORYを持って行ったのだけど、映画なんで2時間で終わっちゃうじゃんね
 平日の昼間に、友達たちにLINE送りまくっても、迷惑だろうし、そもそも仕事で見ないわなw
 もうラジオ聴きながら、ウトウトしてました。
 でも、寝過ごすわけにもいかないから、まどろんでました。
 さて、いつもの先生の切り出しから対話が始まる。
 先「どぉ~でしょ~かぁ~」
 M「無理をして仕事に出続けています」
 M「朝が動けなくて、15時くらいにお店に行って・・・」
 M「お店は夕方までやっているのですが、ちょっとだけ皿を洗ったりして帰ってきます」
 M「それでもかなりしんどくて、無理をしています」
 M「でも、ある程度の無理をしないといつまで経っても社会復帰は出来ないですよね?」
 M「どこまでがリハビリで、どこからが逆効果なのか、わかりません」
 先「じゃぁ、薬を変えて、もう少し動けるようにしよう」
 M「その薬で改善すれば良いのですが、母が腰を痛めました」
 M「かなり無理をして仕事に立っていると思います」
 M「僕は朝動けませんから、考えるのです。」
 M「ずるいのです。 ずるいという軽い表現を使っている事すらずるいのです。 汚いのです。」
 M「母の腰の辛さと僕のうつ病の辛さ、どちらが辛いか天秤にかけるのです」
 M「自分はずるいから、大抵自分の方を優先します」
 先「それは考えてもしょうがない事だよ」
 先「それに、自分を優先するべきだ」
 M「不甲斐ない息子で、自分が情けないです」
 先「M君の辛さはお母さんには分からないだろう? 病気じゃないんだから」
 先「M君もお母さんの腰の痛さは分からない。 比べられない」
 M「これも今回処方してくれる薬で改善されれば意味の無い話ですが、ずっと仕事に出ていて、半年なり、一年なりの平均を考えてみると、悪化しているような気がするのです。」
 M「どんどん動けなくなってきているのです」
 先「髪を赤くしたりして、外見から変わっていこうって姿勢は、ずいぶんと前からの事だよね。」
 先「昔よりは、ずいぶんと明るくなったような印象があるけどねぇ」
 M「また悪くなるのが怖いんです。」
 M「今だって良くなったとは言えないかもしれませんが、最悪だった頃に戻ってしまうのではないか?というのが、ものすごい恐怖なんです。」
 M「先生がどこまで頑張るべきかアドバイス出来ないのは分かっています。 患者さんの性格、病状、仕事内容、環境などで一つとして
 同じアドバイスができないはずですから」
 M「さすがに死にたくなったり、自傷行為に走るような衝動が出たら、仕事は休むし、自分最優先にします。」
 M「問題は、今くらいの苦しさに耐え続けて、無理するべきなのか? 分からないし怖いのです」
 先「やるだけやったらいいよ」
 先「やらないでも自分を責めるなら、やれるところまでやるなり、悪化したとしても、やってそうなったら、まだ納得がいく」
 M「そうですね・・・・」
 M「母に自分がどれくらい辛いかを話した方が良いでしょうか?」
 M「知ったら、絶対に腰の辛さを我慢して、僕の負担を軽くしようと無理しますよ」
 先「言っておいた方がいいんだよな。 何かあってからじゃぁ遅いから」
 M「でも言えないですよ」
 とまぁこんな感じ。
 先生はまだまだ頑張れって事だったわけだけど、ほんとしんどくてね。
 難しい舵取りになりそうです。
 今月の薬。
 朝:エビリファイ6mg、セルシン5㎎、アーテン2mg、アモキサン25㎎
 夕:エビリファイ6mg、セルシン5㎎、アーテン2mg、アモキサン25㎎
 このアモキサンというのが初めての薬です。
 どうなる事やら・・・・・

・姉から来週は毎日予定があるから、店に出てほしいと連絡がある。
 正直辛いものがあるが、仕方ない事だし、力になってやりたい気持ちもある。
 でも前日になってから突然明日よろしくというのはやめてくれと送った。
 姉も忙しくて連絡が遅れたのは分かるんだけど、
 一応こっちの立場も伝えたので、送って良かったとは思ってる。

(今月も日記の記述は少なめ
 姉が結構、仕事に出てこれる?ではなく出てきてくれという言い方で
 精神的に追い込まれてしまうので、正直勘弁して欲しい。
 病院の先生とのやりとりは今の自分にも当てはまる事で
 どこまで頑張るか?は重要だと思う。
 体調が悪くなるまでやる事は意味があるのか?
 何もしないで後悔するなら、悪化したとしてもやるだけやる事の方が
 意味があるのではないか?という考えは自分では導き出せなかっただろう。 でもこの考え方は先生の数がいればその数だけ違ったアドバイスが出るような話だと思う。
 今通っている病院の先生は、無理はしてはいけないという考えだし、正解は分からない。
 僕の考えとしては、やるやらないどちらを選んでも後悔するのなら、
 やるべきだと思うし、それで体調が悪化して年単位で後戻りしてしまっても、仕方ない事かと思う。 ずっと社会復帰の挑戦をしないわけにはいかないし、いつまでも年金に頼っているのも違うと思うからである。 しかし最後は自分の感覚でGOなのかSTOPなのかは判断するしか無いし、ここまでで諦めるという線引きも自分しか出来ないことだと思う。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.03 父からの失言、身内から言われるような事ではない、呆れるし悲しくなる

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・父が帰宅して、僕に調子はどうだ?と聞いてきた。
 あまり良くないというと、それはダメだな と言われた。
 この無神経発言にカチンと来たので、言ってやろうと思ったが、この場は謝るかもしれないが、人の気持ちを理解できない人だから、どうせまたやるだろうと思って、怒りを通り越して呆れてしまったし、可哀想な人とさえ思った。
 父が眠った後、母にあの一言どう思った?と聞いたら、怒る事も抗議するのもバカらしいと思った事も一緒だったので良かった。
 姉にも明日の店で母が話をするだろうと思うが、姉も同じ事を考えると思う。
 母と姉にだけ分かっていてくれるなら、それでいいのだと思う。
 今回の一言で、ショックをうけて自殺する何てことは無い。
 まだまだ人生楽しみたいし、死んでなどいられない。
 気にしない気にしない。
(よくまぁそれはダメだななどと言えるものだよね。
 どうダメなわけ? 体調聞いておいてダメ出しって意味が分からない。
 ダメだなと言われて、僕はどうすればいいわけ?
 どうダメじゃない状態にもっていけというわけ?
 生きている事がダメだと言われているような気持ちだよ。
 何も考えてないんだよ。 こう言ったら相手はどう感じるかを考えられない人なのは家族中知っていることだから。)

・父が僕に体調を聞き、悪いと答えると、そりゃダメだな と言った事が大問題になり、母から姉にその話が行くと、姉が家に来て直接話をするという所まで来ていたらしい。
 父が帰宅すると、母がどういうつもりでダメなどと言ったのか?
 何を考えているのか?
 相手がどれだけ傷つくか分かっているのか?と 怒鳴った。
 父は相変わらず、悪気はなくただ発言しただけだと言ったが、
 それでは反省も何もないと。
 しばらくやりあって、父も失言だった事を認め、謝ってきた。
 2度と言ってほしくないものである。

(記録がほとんど無い月だったが、仕事には行けているようである。
 体調に関しては良いも悪いも書かれていないので分からない。
 月末に父の失言が有ったが、これまでも何度も同じような問題を起こしてきた人。 その場は謝るが、根本的に何が問題になったか理解する事ができないので、同じことを繰り返す。 この人には心は開かないと思ってしまうよね。 可哀想な人だと思って、あまり深く関わらない方がいい人だとは思う。 )

僕とうつ&統失 闘病記 2016.02 出勤はしているが、死ぬことを考え続けている矛盾を持って生活している

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・姪っ子がインフルエンザになってしまい、姉が仕事に出られない。
 治るまで僕が仕事に出ないといけない。
 初日の今日は、8時から15時までの出勤。
 お客さんも全然大したこと無いのに僕は疲れてしまって、
 母を置いて帰ってきてしまった。
 帰宅後もキーボードが届いているのに、炬燵で寝てしまう。
 ほぼ何もせずに21時になったら就寝してしまった。
 何日これが続くこのか分からないが、
 無理してでも頑張らないといけないだろう。

・今日はやけに病院が空いていた。
 今日も初診の子がいて、辛そうな表情してたな。
 あの子も良くなって、笑顔が戻ると良いのだけれど。
 その子よりも先に順番が来たので、30分くらいしか待ってないかも。
 ラッキー。
 先「こんにちはぁ」
 M「こんにちは、今月は死ぬ事ばかり考えてました」
 先「ふむ」
 M「刃物に執着があるのです」
 先「切れる包丁があるの?」
 M「料理人時代に使っていた、キレキレの出刃があります」
 M「やるならば、それがいいと思っています」
 M「衝動的に包丁を握って、こう・・・
 (首の左側、頸動脈の辺りを指差して)ここを切りたくなります」
 先(背もたれにもたれ掛かり、目をつむって、どうしたものかと、話しを聞くことに集中している)
 M「死に場所も考えます」
 M「風呂場が良いのかなと」
 M「手首を切るような甘い事はするつもりはありません」
 M「あるいは、家の外でやった方が良いのか?・・・」
 M「近所の河原辺りを考えています」
 M「家なら、Yさんちのご長男も自殺したみたい くらいにしか情報が漏れないけど、外だとどこで死んだ?どんな死に方だったか、
 死の様子を噂好きのおばさんのネタにさせられますから悩みます」
 M「風呂場だと、もうその風呂誰も入れなくなると思うのです」
 M「この家にも住めなくなるかもしれません」
 M「なのでなるべく刃物には近づかないようにしています」
 先「中国人とか韓国人が暴れて、警官が取り押さえるような事件がたまに起こるけど」
 先「警官がその時刺される事が結構あってね」
 M「警官側が刺されるのですか?」
 先「結構殉職してるんだよ」
 先「そういう時は、刺されてから1日とか過ぎてから亡くなってる」
 M「直ぐには死ねないのですか?」
 先「死ねない、苦しみ続けて亡くなるみたいだね」
 M「そうですか・・・・ すぐには死ねませんか」
 M「失血性ショック死、というのも目にしますが、あれはどういう物なのでしょうか?」
 M「血が足りなくなって、酸素が頭に回らなくなって、意識を失うような順番でいいのでしょうか?」
 先「あれもすぐに意識を失うような事は無いよ」
 先「相当な出血をしないと無理だし、動脈というのは、神経と結びついているから、想像を絶する痛みが伴う」
 先「麻酔無しで虫歯治療をする痛みの比じゃないよw」
 先「雷に打たれたような激痛がどこまでも続く」
 M「あとは、事故死ですね、憧れるのは」
 M「ここに来るまでに1時間運転しますが、トラックとすれ違う時、このトラックがハンドルを切って、僕の車に突っ込んでくれないかと」
 先「トラック側だって荷物や車両の事を考えたら、突っ込みたがるようない人はいないよ」
 先「それに今の車は安全に出来ているから、3か月骨折で入院 とかで終わる可能性のが高いと思う」
 M「はぁ、やはり首つりが確実なんでしょうかね」
 M「1分なり、30秒なりで、意識が飛ぶようにできれば、一番苦しみません」
 M「弟の検死官が、慰めのつもりで言ってくれた事なのかもしれませんが、首を吊ってすぐに意識が無くなった人は綺麗な顔をしている」
 M「なかなか死ねず数分間苦しんだ方は、首だか顎だかに、むくみだったか、アザができると」
 M「弟はそれが無かったので、楽に死ねたのかなぁと」
 M「僕もそうありたいです」
 (その話が気休めなのか?事実なのかは寺ちゃんは知っているのだろうが、何も言わなかったし、こちらからもそこは聞かなかった)
 先(この患者は危険と思ったか? 何を言ってあげられるか考えてか? 初めて見る悲壮感が現れた寺ちゃんの顔。こんなの初めて見た。
 何やらいつもよりも多めにメモを取っている)
 M「年寄りが、自分はあと何回桜を見る事が出来るだろうか?みたいな話を毎年聞きますが、それに近い感覚があります」
 M「あと何回、家族と食事ができるだろう? みたいな事を考えます」
 M「弟もそんな事を考えていたはずですし、最後の2週間は、親孝行ばかりしていました」
 M「僕も最近は、家事を手伝ったりしています」
 M「母が年老いた事を感じるようになった事もありますが、罪滅ぼし、、、、死んだらゴメンねって謝りながら手伝ってます」
 M「遺書は書かないでしょうし、身辺整理もしてないのですが、漠然と、いつまで生きていられるだろうって考えます」
 M「両親と僕、どちらが先に死ぬだろうか? みたいな」
 M「よく鬱病になるとこれまで楽しめていた事が、楽しめなくなるって聞きますよね?」
 M「ゲームとかは全くやらなくなりましたね」
 M「時間の無駄とは言いませんが、もっとこう、何かを残してから死のうという気持ちがあります」
 M「どこかで焦っている所がありますね」
 M「あとは悔いを残さないようなしないと、とも考えてます」
 M「行きたい場所、会いたい人、ちゃんとお礼も言いたいのです」
 先「今日、話しを聞いていると、幻覚幻視の話が出てこないけど、そっちはどうかな?」
 M「人影が見えたりしますが、噂されているような感じや悪口を言われているような感じはありません。 影に対する恐怖感もありません」
 M「幻聴はほぼ無かったかな」
 M「母が、今体調良さそうだから、薬を変えないでもらえるなら、そうして欲しいと言ってました」
 先「お母さんは何も分からないからね、君の本当の状態を聞いてからでないと」
 先「でも、もうこうなってくると、薬は何を出しても一緒なんだよね」
 先「包丁の事は、もうずっと考えてきた事だろ?」
 M「はい、そうです」
 M「薬は先生から見て、どう思われますか?」
 先「うむ、変えないで行って見ようか」
 先「何か頭の中を変える事を考えた方がいいね」
 先「悪い事を考えてしまう時に、それを打ち消すような事を」
 先「料理は良い」
 先「心の病になった人は、人と感性が違うから、素晴らしい料理を作る人が多い」
 先「新メニューでも考えてみたらどうかな?」
 M「厨房に立つと、生き死にの事など考えてられないのは分かります」
 先「じゃぁ、新メニューを考えるという事で・・・」
 M「どうもありがとうございました」
 とまぁ、こんな感じです。
 薬は
 朝食後 アーテン2㎎、エビリファイ6mg、セルシン5㎎
 夕食後 アーテン2㎎、エビリファイ6mg、セルシン5㎎、リーマス200㎎3錠
 のまま、変わらず。
 頭の中切り替え。
 それがピアノの練習なのかは分かりませんが、安らかな気持ちになるのは確かです。

(病院では死ぬことを具体的に考えているように書かれていますが、1日の行動を見ると仕事には行っているようです。
姪っ子の体調不良で仕方なく無理をしているようでもありますが、体調が悪いという記述が無いという事は、落ち着いて自分の事を考えていたのかもしれません。
首をつるよりも刃物を首に刺したくなる衝動は前からあり、
苦しむ方法だと分かっていますが、自分へのせめてもの罰という捉え方をしていて、包丁で死ぬのも悪くないと考えてしまう自分がいました。
現在ではそこまで考えることは無くなりましたが、今後の事を考えるとどうしたら良いのか?しかし考えた所で行動に出ることができず、時間だけが過ぎていくことに焦りを感じています。
とりあえず死ぬことは問題外なのでやらないようにしていますが、それには体調を安定させること、体調が悪い時、悪くなると予想出来る時はおとなしくしている事が大切かと思います。)

僕とうつ&統失 闘病記 2016.01 仕事にほぼ行けなくなる

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・店の営業初日にも関わらず、仕事に行くことができない。
 もう、今後はずっと行けないような気がしてならない。

・一日中眠って過ごしてしまう。
 炬燵から出れない、愛犬の散歩もなかなか行ってやれない。
 何ならできるのか?それすら分からない。
 ただただ死にたい死にたいと思っているだけで、
 身辺整理もまるで手につかない。
(今でも死にたくなる事は毎日のようにあります。
 当時より衝動が弱くはなったけど、一生こうなんじゃないかとも思う。
 それでも生きているんだから、ずっと苦しみは続くのかもしれない。)

・朝早くに目が覚めたので、このまま仕事に行けるかと思ったが、
 そこまでの気持ちが付いていかない。
 結局も今日も、一日中炬燵で横になっていただけである。

・今日は姪っ子の健康診断だったので、姉が途中までしかいることができなかった。
 前もってこの日に出られるか?と言われていたので、
 体調を上げることができていたので、出勤するのは楽だった。
 お客さんはまぁまぁだったが、自分の感覚は鈍くなっているし、
 仕事が遅くなってしまっているので、母に迷惑をかけてしまった。
 明日も出勤できるならば出たいと思っているが、
 頑張ってしまうとその反動が来るのがお約束、
 たぶん体調が悪くなるような気がする。

・夕方まで起きられないので、出勤できない。
 愛犬の散歩もいけないので、夕方まで我慢させないといけない。
 薬に睡眠薬が入っているのか? 一度眠ると夕方まで目が覚めない。
 これではまずいと思うのだが、、、、困った・・・・

・薬が変わった。
 朝食後:アーテン2㎎、セルシン5㎎、エビリファイ6㎎
 夕食後:アーテン2㎎、セルシン5㎎、エビリファイ6㎎、リーマス200㎎3錠