僕とうつ&統失 闘病記 2016.05 現在にも繋がる話、GoかStopかの線引きは自分でするしかない

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・5月の病院に行ってきた。
 4月は病院に行ってなくない。
 薬を飲んだり飲まなかったりしながら、無くなるのを先延ばしにしていたのだ。
 GWにも入っちゃって病院休みだし、仕事も出続けていたし、しょうがない。
 今日の病院は、GW後の最初の日という事で、凄まじい混みよう。
 なんと5時間待ち(笑)
 たまたまナビでDVDが見れるんだったなぁ なんて考えていて、hideちゃんのJUNK STORYを持って行ったのだけど、映画なんで2時間で終わっちゃうじゃんね
 平日の昼間に、友達たちにLINE送りまくっても、迷惑だろうし、そもそも仕事で見ないわなw
 もうラジオ聴きながら、ウトウトしてました。
 でも、寝過ごすわけにもいかないから、まどろんでました。
 さて、いつもの先生の切り出しから対話が始まる。
 先「どぉ~でしょ~かぁ~」
 M「無理をして仕事に出続けています」
 M「朝が動けなくて、15時くらいにお店に行って・・・」
 M「お店は夕方までやっているのですが、ちょっとだけ皿を洗ったりして帰ってきます」
 M「それでもかなりしんどくて、無理をしています」
 M「でも、ある程度の無理をしないといつまで経っても社会復帰は出来ないですよね?」
 M「どこまでがリハビリで、どこからが逆効果なのか、わかりません」
 先「じゃぁ、薬を変えて、もう少し動けるようにしよう」
 M「その薬で改善すれば良いのですが、母が腰を痛めました」
 M「かなり無理をして仕事に立っていると思います」
 M「僕は朝動けませんから、考えるのです。」
 M「ずるいのです。 ずるいという軽い表現を使っている事すらずるいのです。 汚いのです。」
 M「母の腰の辛さと僕のうつ病の辛さ、どちらが辛いか天秤にかけるのです」
 M「自分はずるいから、大抵自分の方を優先します」
 先「それは考えてもしょうがない事だよ」
 先「それに、自分を優先するべきだ」
 M「不甲斐ない息子で、自分が情けないです」
 先「M君の辛さはお母さんには分からないだろう? 病気じゃないんだから」
 先「M君もお母さんの腰の痛さは分からない。 比べられない」
 M「これも今回処方してくれる薬で改善されれば意味の無い話ですが、ずっと仕事に出ていて、半年なり、一年なりの平均を考えてみると、悪化しているような気がするのです。」
 M「どんどん動けなくなってきているのです」
 先「髪を赤くしたりして、外見から変わっていこうって姿勢は、ずいぶんと前からの事だよね。」
 先「昔よりは、ずいぶんと明るくなったような印象があるけどねぇ」
 M「また悪くなるのが怖いんです。」
 M「今だって良くなったとは言えないかもしれませんが、最悪だった頃に戻ってしまうのではないか?というのが、ものすごい恐怖なんです。」
 M「先生がどこまで頑張るべきかアドバイス出来ないのは分かっています。 患者さんの性格、病状、仕事内容、環境などで一つとして
 同じアドバイスができないはずですから」
 M「さすがに死にたくなったり、自傷行為に走るような衝動が出たら、仕事は休むし、自分最優先にします。」
 M「問題は、今くらいの苦しさに耐え続けて、無理するべきなのか? 分からないし怖いのです」
 先「やるだけやったらいいよ」
 先「やらないでも自分を責めるなら、やれるところまでやるなり、悪化したとしても、やってそうなったら、まだ納得がいく」
 M「そうですね・・・・」
 M「母に自分がどれくらい辛いかを話した方が良いでしょうか?」
 M「知ったら、絶対に腰の辛さを我慢して、僕の負担を軽くしようと無理しますよ」
 先「言っておいた方がいいんだよな。 何かあってからじゃぁ遅いから」
 M「でも言えないですよ」
 とまぁこんな感じ。
 先生はまだまだ頑張れって事だったわけだけど、ほんとしんどくてね。
 難しい舵取りになりそうです。
 今月の薬。
 朝:エビリファイ6mg、セルシン5㎎、アーテン2mg、アモキサン25㎎
 夕:エビリファイ6mg、セルシン5㎎、アーテン2mg、アモキサン25㎎
 このアモキサンというのが初めての薬です。
 どうなる事やら・・・・・

・姉から来週は毎日予定があるから、店に出てほしいと連絡がある。
 正直辛いものがあるが、仕方ない事だし、力になってやりたい気持ちもある。
 でも前日になってから突然明日よろしくというのはやめてくれと送った。
 姉も忙しくて連絡が遅れたのは分かるんだけど、
 一応こっちの立場も伝えたので、送って良かったとは思ってる。

(今月も日記の記述は少なめ
 姉が結構、仕事に出てこれる?ではなく出てきてくれという言い方で
 精神的に追い込まれてしまうので、正直勘弁して欲しい。
 病院の先生とのやりとりは今の自分にも当てはまる事で
 どこまで頑張るか?は重要だと思う。
 体調が悪くなるまでやる事は意味があるのか?
 何もしないで後悔するなら、悪化したとしてもやるだけやる事の方が
 意味があるのではないか?という考えは自分では導き出せなかっただろう。 でもこの考え方は先生の数がいればその数だけ違ったアドバイスが出るような話だと思う。
 今通っている病院の先生は、無理はしてはいけないという考えだし、正解は分からない。
 僕の考えとしては、やるやらないどちらを選んでも後悔するのなら、
 やるべきだと思うし、それで体調が悪化して年単位で後戻りしてしまっても、仕方ない事かと思う。 ずっと社会復帰の挑戦をしないわけにはいかないし、いつまでも年金に頼っているのも違うと思うからである。 しかし最後は自分の感覚でGOなのかSTOPなのかは判断するしか無いし、ここまでで諦めるという線引きも自分しか出来ないことだと思う。)