僕とうつ&統失 闘病記 2020.08.25 弟の誕生日

先日弟の誕生日を迎えました。
弟が亡くなって、かなり時間が経ちました。
感情のコントロールが出来なくて、突然泣いてしまう事などは無くなりましたが、未だに何で弟は死んでしまったのか?分かりません。
もちろん遺書などから、苦しんでいた事は分かっているのですが、それでも生きていく方法はいくらでもあったように感じます。

誰も自分の過去を知らない土地に移住して、そこでのんびり再スタートを切ってくれても良かったのに・・・などと考えます。
僕だって苦しい状況になった時に死にたくなりますが、何もかも捨てて別の人生を歩んでも良いのだからねとお袋にたまに言われています。

死にたい時は思考が偏ってしまって、別の人生を歩む方法など考えられないのも分かるので、こういう選択肢もあるのだとお袋が言ってくれる事に感謝しています。
お袋だって高齢なんだから、自分の老後の不安とかもあるはずなのに、僕に遠くに住んでても良いと言ってくれる事に感謝ですね。

弟が生きていたとしたら、もういい歳ですが、歳とった姿が想像できません。
ずっと若くて、ずっと笑っている写真を見ては、会いたいと思ったりします。
死んでしまう事で遺族がどのような人生を歩むかは、想像できていたはずなんですけどね。
それでも死ぬことを選んでしまった弟。
ずっと苦しんでいたんだろうな。

いくら考えても答えは出ないのですが、誕生日を過ぎて、色々と考えたりします。
僕は苦しくても生きていくよ。

僕とうつ&統失 闘病記 2020.08.13 お盆に弟が帰ってきて

お盆ですね。
今日は迎え盆。
夜から用事があるので、迎え盆には参加できませんでした。
もうすぐ両親が弟を連れて帰ってくる時間です。

未だに弟が死んでいる事が受け入れられなくて、お盆や弟の誕生日や命日は辛くなります。
何で死んじゃったのかな。
なんとか救う方法があったのでは?とか考えちゃうよね。
答えは出ないし、何回同じことを考えてるのか。

残された家族は辛くても生きていかないといけないですよね。
僕も死にたくなる毎日だけど、死ぬわけにはいかない。
弟が死んだから僕が生きようと思ってるわけで、弟が自分の命を使って僕に生きろと言っているような気もします。

生きていくのは辛いけどね。
お盆になると色々と考えてしまいます。

僕とうつ&統失 闘病記 2011.04 心配される自分

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・ブログ読者さんからメールがあり、
 身辺整理が済んでないから死ねないというブログを読んで、
 元気をもらったとあった。
 この人も同じ気持ちで読んでいたそうだ。
(少しでも同じような境遇の人の役に立てるのならば、こんなに嬉しいことはない。 皆考えることは同じなのだろう。)

・今日一日をほとんど2階の部屋ですごす。
 父が昼過ぎに帰ってきても、ちょっと下に降りただけ。
 伯父が来ても姉達が来ても下に降りる事は無かった。
 これではまずいとは思うが、なんとなく気分が乗らなかったのだ。
 それではダメなのだと思う。
 身体が重い時にだって仕事に行かないといけない日が必ずある。
 少し無理をする事もリハビリになると思う。
 そういう意味もあってか、明日は墓参りに行く事にした。
 長時間の移動で疲れるだろうが、
 弟の事も考えると行かないといけないだろう。
(家族は理解してくれているはず。 だから辛い時は顔を見せに行く必要も、話をして元気そうにする必要も無い。 自分の体調を最優先にしてあげて。)

・身体が動くが重い。
 若干無理して動いた感があり、その反動が後で来ると思う。

・身体が重くて起きていることができず、朝ドラを見るのが辛い。
 内容も子供が産まれ、赤ちゃんのアップが増えているのだが、
 自分と違い順調に家庭を築いていく人達を見ていて辛いものがある。
 もう少し我慢して見てみようと思う。
(周りも家を建てた、何人目の子供が生まれたなどと情報は入ってくる。 田舎だから自分の状況も逆に伝わっていると思う。 でも他人と自分を比べることは全くの無意味な価値観なので、自分の人生を楽しむことを最優先にしたい。)

・食後に両親と一緒にTVを見るが、疲れてしまって2時間が限度。
 21時には愛犬のトイレに行き、2階に戻るような形になる。
 申し訳ないが、それが限度だ。
 一日中横になって時間が過ぎるのを待つだけの毎日。
 どうしたら良いのか自分では分からない。
(2時間も無理して一緒にいる必要はないよ。 辛いんだからやめた方が良い。 家族だし分かってくれるよ。)

・今日も夕食後に2時間1階にいたが、疲れがひどい。
 起きてるから疲れるのか?
 家族と一緒にいるのが嫌なのか?
 2時間だとちょうど21時頃になっていて、
 愛犬の餌をあげないといけないと言い訳して2階に上がるのが常だ。
 夕食だけを食べて、すぐに2階に上がってしまう日もあり、
 申し訳ない気持ちになる。

・昨日の夜母が部屋にやってきて、弟の話をした。
 僕は薄情なのか、弟が亡くなった事があまり悲しくない。
 また東京に戻ったような気がするし、楽になれた弟を責める気も無い。
 先に逝かれてしまって、残された自分が死ねなくなってしまった事は
 想定外だったが、これもまた人生なのだろう。
(9年も経っているのに、未だ身内から自殺者が出たことが信じられない部分はあります。 東京にいるような気がする。 薄情なのかな。 何も変わらず人生が過ぎていくなんてことは無いのだが、そういう錯覚に陥っている。)

・最近、朝8時ごろに起きて、愛犬の散歩に行くようになった。
 12時頃起き出す一日と違い、日が長い。
 一日中コタツで横になっているのも、もったいない気がしてきた。
 夏に一人旅を決行するならば、もう準備をしておかないといけないが、
 まったく何もやっていない。
 このまままた今年も行かないようになって、
 時間だけが過ぎてしまう一年になってしまうのだろうか?
 旅行に行かないならば、仕事を探すべきだし、
 何かしら動きださないといけないような気がしてくる。
(何もしていないならば仕事ができるだろう。という考えは違うと思う。 元気そうに見えても健常者と比べたら全然戦力にならないはず。 社会復帰はしたいと思うけど、難しい問題で、焦らずじっくり確実に進めていく必要があると思う。 そして復帰は無理と判断する事もあるかもしれない。 負け組と思われるだろう。 でもそれは他人の価値観。 自分が幸せならばそれで良いはず。 幸せとは自分の心が感じる事。 幸せになる という言葉は間違っている。 幸せを感じる が正しい。)

・今日病院に行くつもりだったが、行けなかった。
 早めに目が覚めたのだが、風呂に入る事ができず、身体も若干重い。
 薬はあと1週間分あるので、今度の週末にでも行ってこようと思う。
 相変わらず追い込まれないと動かない性格なので嫌になる。

・今日病院に行くって方法もあったが、やめにした。
 それよりもやらないといけない事が多すぎる。
 洗濯、狂犬病予防注射、ドコモショップ、愛犬の病院、餌買い、
 自分の病院、ホワイトデーのお返し、友人との食事会の企画。
 やらないといけない事が多くなると身体が重くなる症状は、
 病気になった時から変わってないな。
 仕事でやらないといけない事が増えると身体が重くなって、
 頭が回らなくなる。
 この症状が出ないようにしないと社会復帰は無理なんじゃないかと思う。

・入浴、狂犬病予防注射、ドコモショップでプラン変更など忙しく活動し、
 疲れてしまった。
 これしきの事で疲れてしまうとは情けないが、
 今の自分の現状なのだから受け入れるしかない。
 愛犬を病院に連れて行かないといけないし、
 自分の病院にも行かないといけない。
 犬のお手入れぐっずも買ってこないといけないし、
 やる事が山のようにあって、考えるだけでも疲れてしまう。

・母が帰宅して僕の顔を見るなり泣きそうな顔をするので、
 何事かと思ったら、僕にメールを出したが返信が無いので
 心配でしょうがなかったと言っていた。
 今日は携帯を見ていなかったので、メールに気付けなかったのだ。
 何故今日、急に心配になったのかは分からないが、
 なんとなく僕が死にたがっている事が分かるのかもしれない。
 夕食時も、「死んだらダメだからね」と言われる。
 弟の死を一番悲しんでないのは僕だが、
 その影響で死にたいと思ってしまうのも、僕が一番だと思う。
 婆ちゃんをこれ以上悲しませたくないし、姪甥への影響もあるし、
 母や姉の事を考えたら、とてもじゃないが死ねない。
 だけどどこかで、首を吊りたい、首を切りたいって考えてしまう自分もいる。
 病気がそう思わせているだけだという考え方ができる日もあれば、
 本心から考えている日もある。
 身辺整理だけはやらないようにしようと思う。
 ホームセンターに犬関連の物を買いに行ったついでに、
 ケーキ屋に寄って、タルトを2台買った。
 ホワイトデーのお返しができてない事がずっと気がかりだったのだ。
 震災でしょうがなかったとも言えるが、
 ある程度状況が落ち着いてきてからも外に出てなかったので、
 自分にも責任がある。
 姉の所はチェリーのタルト。
 母には苺のタルトをプレゼントした。
 姉の家には誰もいなくて、玄関のドアノブにケーキをぶら下げて帰ってきた。
 予想はしていたけど、お別れ前に良い所を見せようと思って、
 ケーキを買ってきたのでは?と心配のメールが届く。
 そんな事ではなく、お返しが遅くなってずっと嫌だった事をメールして、
 安心してもらった。
(母も姉も、僕が死ぬのではないかと思っているわけで、その心配を考えると申し訳なくなる。 本当だったら弟の事で悲しい時期なのに、僕がいるから気が気じゃない。 自分の存在など無ければと思ってしまうかもしれないが、自分が生きている事で出来る事もあるはず。 母と姉には感謝をしないといけないよ。)

・母が部屋にやってきて、病気の話をした。
 死にたくなると言った事で心配をかけてしまったようだ。
 死にたくなるというのは不思議なものだと話す。
 思考を乗っ取られるようだからだ。
 セロトニンやらの伝達がスムーズに行かない病気なのは分かる。
 分かるが、それがイコールなぜ死にたくなるのかが分からない。
 また、死にたくなっても、もう8年も死にたいのに死んでないんだから、
 今後も大丈夫だと言って安心させた。
 結局、姉にしても両親の3人が一番心配しているのは僕なのだ。
 申し訳ないと思う反面、図星のような気持ちもあり、複雑である。
 身辺整理をしていないから、死ねないと言っても、
 衝動的にやってしまうんじゃないか?と言われた。
 たしかにその可能性はある。
 あるけれど、ピストルでもない限り、一瞬で死ねる方法は無い。
 死ぬまでに冷静になって、やめると思う。
 とにかく、僕は死ぬわけにはいかないのだ。
(死なないと強く思っているようで心強いです。 苦しいだろうけど何とか生きていこう。)

・今日は死にたくはならなかった。
 毎日こういう日が続く事を願う。
 そうすれば、社会復帰に近づけるような気がする。
 病院には今日も行けず、薬は全部飲んでしまった。
 明日の午前の部には病院に行きたいが、起きられるかが問題だ。

・病院に行ってきた。
 今日は2時間の待ち時間のうち、1時間半を車の中で過ごす。
 シートを倒して、横になり、丸くなって過ごす。
 先生には、昼間も寝てしまうのは良くないと言われるが、
 弟の事の影響を心配する話がほとんどだった。
 髪は夏までに切ると言うと、もっとお洒落に気をつけないとと言われ
 ショックだった(笑)
 薬はいつもと変わらずの、
 朝、セルシン2mg、セレネース3mg、アキネトン1mg、ピーゼットシー4mg
 夕、セルシン2mg、セレネース3mg、アキネトン1mg、ピーゼットシー4mg
(弟の影響は確実にあるんだろうな。 でも家族が団結して乗り越えようとしているし、色々と変化はあった。 悪いことばかりじゃない。 自殺の危険も増えたが強くもなったように感じる。 振れ幅が大きくなって苦しみが増えただけかな。)

・身体が重いが、今日は食事会の日なので、風呂に入る。
 不調で話をするのも辛かったが、皆楽しそうなので
 早めに切り上げるわけにもいかず困る。

・早起きしてシャワーを浴びてから、旅行に行くつもりだったが、
 入る事ができず、寝てしまった。
 身体が臭いのでは?と思ったが、入る気力が無かった。
 実際はどうだったか分からないが・・・

・昨日も役者さんが自殺をしたというニュースがあった。
 弟の事を思い出して悲しくなったりはしない。
 それよりも第一発見者の人のショックは計り知れないだろうと思ってしまう。
 一生頭から離れない強烈な映像となって、その人を一生苦しめるだろう。
 うちの場合、家族で見つけてやろうと必死に探したけど、
 見つけることはできず、他の人の力を借りて翌日の昼には
 遺体と会うことが出来たけど、それで良かったと思っている。
 弟が亡くなった場所も知ってるし、どういう状態だったかも話は聞いた。
 目をつぶれば、どんな感じで弟が亡くなっていたかは想像がつくけれど、
 それを実際に目にしてしまうのと、想像するのとでは、大きく違うと思う。
 弟の部屋で遺書を発見した時の母の悲鳴が頭から離れません。
 遺書ですら相当なショックで、先日僕が外食をして家を空けた時も、
 部屋に遺書があるのではないかと思って、恐ろしかったと母が言っていた。
 遺書ですら心の傷になっているというのに、実際に亡くなっている現場を
 目撃してしまったら・・・・
 その人は、もう立ち直れないのではないか?と思う。
 弟の場合、自宅では死んではいない。
 未遂に終わってしまうような場所ではないが、
 ある程度探せば遺体を見つけてくれるといういい場所だと思う。
 弟は家族に見つけて欲しかったのだろうが、
 胸ポケットに父の電話番号が書かれたメモが入っていた事を考えると、
 家族以外の人に見つかる事も見越して逝ったのだと思う。
 弟には申し訳ないが家族の誰かが第一発見者にならなくて良かったと思う。
 特に母が見つけることが無くて良かった。
 母は寝る前に弟が暗く寒い中、亡くなっている様子を想像してしまう
 と言っていたので、もし実物を見てしまったら、心が壊れてしまうだろう。
 自殺のニュースはこれからも無くなる事は無いだろうが、
 僕の場合は亡くなった本人の苦しみよりも、
 残された遺族のこれから続く苦しみの方を考えてしまうのだ。
 毎日、自分が死んだら? と考えている状態だが、
 今回書いたように、残された人、見つけた人の事を考えたら、
 死ぬわけにはいかない。
 僕の場合、死ぬなら、自分の部屋か、弟と同じ場所だと思うので、
 家族が見つけてしまうと思う。
 だからこそ頑張って、死なないようしないといけない。
 頑張ろう。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。


僕とうつ&統失 闘病記 2011.03 動けず考えは悪い方向に向かう

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・薬を飲むのを忘れがちになっている。
 ちゃんと薬を飲むのが自分の仕事なので、そこはきちんとしたい。
(薬を飲むのを忘れない方法はいくらでもあると思うけど、それを考えられない状態なのでしょう。 母に薬の管理を任せるのも手だけれど、両親に闘病に口を出されるようで嫌だよね。 毎朝その日飲む分の薬をテーブル上の目に付く場所に置いてしまうというのも効果的です。)

・薬を飲むのを忘れた。
 夜に一気に飲むのはやめておいた方がいいのだろうか?
 この前の病院で聞くのを忘れてしまったから、
 どうしたら良いかが分からない。
(忘れた分を一気に飲むのではなくて、夜だったら夜の分だけを飲むようにした方が良いかと思う。)

・みぞれが降っていて、愛犬の散歩はおしっこだけにした。
 その後身体が重くなってきたが、16時に散歩に連れて行く。
 20時にもトイレだけ連れて行き、とても疲れた。
 愛犬にとっていい飼い主だとは言えないと思う。
(この子がいるから死なないで踏み止まっているという事も大きい。 可愛がっているし、この犬無しの生活は考えられない。 だったらもっとこの子の為にできる事をしてやったらと思うのだが、体が動かない日が多くて可哀想な事になっている。 こんな状態で犬を飼ってはいけないと思う。)

・一日中布団かコタツで横になっていて、何もやる気にならない。
 愛犬の散歩に行くのが苦痛だ。
 SEを辞めた事を悔いてばかりいる。
(SEをやったからうつ病になったのだし、もう何年前の話を今も考えているのか。 SEはいい仕事だけど、病気再発のリスクは激高だと思うから、この業界に戻るのは無理だと諦めよう。 別の事、自分にやれる事を考えて行動に移していけると良いね。)

・薬を飲むのを忘れる。
 夜に一気に一日分飲むのはまずいと思うので、今日は飲まない事にした。

・薬があと5日分しかないが、病院に行けるか分からない。
 放射能が漏れる中、外で待つ気にはなれない。
(3.11の直後で情報が錯綜していた時期だから色々と振り回されてしまったと思うけど、普段死にたいと思っているのに、こういう時は体に害がないかを考えてしまうのが面白いよね。 本当は生きたいと思っている事の現れのような気がします。)

・病院に行ってきた。
 薬は変わりなく
 朝:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
 夜:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
 と同じ物を2回。
 家が全焼したり、散歩の時に後ろから刺されるような気がすると話す。
 後追いしたいのか?いつもの被害妄想的な考えから来ているのか、
 自分でも分からないと話すと、先生はその考えは根深いよねと言う。
 この被害妄想的な考え方を直さないと社会復帰した後も
 また自滅する道を歩みそうな気がする。
(何か自分に起きるのではないか?という考えは今もあります。 家が燃えるのは考えなくなったけど、刺されるのではないか?という考えは根深く残っています。 何故そう思うのかは分からない。死んで当然の存在と思っているのかもしれないし、周りに迷惑をかけているからそのしっぺ返しが来ると思っているのかもしれないね。 でも刺されるなんてことはまず起こらない。 何も起きないから安心して。)

・弟の事を考えていて、散歩で現場近くまで行くと複雑な気持ちになる。
 どこかで死にたいと思っている節がある。
 死んでも弟に会えるとは限らないし、
 婆ちゃんをこれ以上悲しませたくないから自殺はしないと思う。
 しかし勢いで首を吊る可能性はゼロではない。
 身辺整理をやっていないので、それがストッパーになっている。
 このまま行こうと思う。
(弟のように死んで楽になれたらと思うようになってきているよね。 死んで楽になるのは自分だけのこと。 残された人の苦しみはよくわかったはず。 だったら死にたいなんて考えてはいけない。 でも頭の中に浮かんできてしまうんだよね。 なるべく考えない。 浮かんできたら別のことを考えるようにする。それで良いんじゃないかな。)

・死にたいと考えてしまう。
 死んで楽になりたいと考えてしまう。
 弟の分も生きると言ったが、
 その気持ちよりも死にたい気持ちの方が強くなってしまっている。
 身辺生理をやっていないので死ぬ事ができないが、
 もし済んでいるならば、死んでしまうかもしれない。
(あれだけ誓ったのに、この病気の恐ろしいところだよね。 身辺整理はやってはいけない。 止めるものが無くなってしまい、本当に死んでしまうから。)

・今日は比較的死にたい気持ちが弱い。
 朝も早くから活動する事ができて、一日が長く有効に使う事ができた。
 と言っても、一日中コタツ寝ていただけだが・・・・
 それでも早くに起きて行動できたのが嬉しかったし、
 意義のある事をしたような気分になった。

・今日は死にたい気持ちは弱い。
 夕食時の母の何気ない言葉で、死んではいけないのだとハッとする。
 どういう話でそう思ったかは忘れたが、
 母は僕が今後も生きていてくれる事が当たり前だと思っているし、
 この状態で僕まで死んでしまったら、
 母も生きてはいけない事になるような気がする。
 生きなくてはならない。

・身体が重く、メールを打つのも疲れる。
 今日はほとんど何もしない一日になってしまった。

・今日は友人たちと食事会で、朝早くに目が覚め、すぐに入浴。
 その後、帰ってきた甥とも遊んでやる事ができ充実していた。
 身体は軽く、食欲もあり、こういう日が続けばいいのにと思う。
(月末になって少し体調が良くなってきた感じだね。 体調の良い日に感謝して時分にご褒美をあげよう。 何もしてなくてもそれだけでも凄いこと。 まだまだ体調が悪いので自分には大甘でいいと思う。)

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ&統失 闘病記 2011.02 悪化、強い薬で抑え込むが副作用に苦しむ

最悪の時期から、現在(2019)のだいぶ元気になるまでの昔話です。
症状を箇条書きにしてますので重い内容になります。

読める人だけ目を通してください。
()は当時の自分に今の自分がアドバイスしている文章です。
参考になればと思います。
そのうち元気な内容に変わっていきますが、この状態からここまで来たのかとプラスになる読み物にしてくれたら嬉しいです。

・ 一日中寝て過ごす。
 ダメだとわかっていても、寝てしまう。
 風呂にも入れないし、愛犬を病院につれて行く事もできない。
 自分が嫌になる。
(風呂に入らないといけないと思っていても、体が動かないのだからどうしようもないよね。 人と会う時は入るようにして、なるべく無理をしないで静養に努めてほしい。 無理をして動くのはまだ時期が早いと思う。)

・身体が重い。
 愛犬の散歩に行ってきたが、それもしんどい。
 大好きなPC作業の際も長時間起きてられなくて、すぐ横になってしまう。
 体力が無いのか、病気のせいなのか分からないが、
 夕方下に降りていくのも億劫。
 毎日顔を見るたびに「具合は?」と聞いてくる父だが、
 それも苦痛になってきている。
 表情や会話してくるかどうかとかで判断してほしい。
(父の配慮のなさ、相手の気持ちを汲む力のなさは昔からだけど、流石にこれはしんどい。 でも「空気読んで分かれよ」とも言えない自分がいるよね。 こちらだけがダメージを受けるようだし、毎日聞かないでほしいと言うべきかもしれない。)

・身体がとても重い。
 伯父が花を持って来てくれたようだが、
 1階には降りずに自室で横になっていた。
 感謝を忘れてはいけない立場なのに、ひどい兄だと思う。
(体調が悪いのだし、あまり自分を責める必要は無いと思う。 申し訳ないと思っているわけだし、その考えがあるのだから良いのだと思う。)

・身体が重く、なかなか動こうとしない。
 午前中に風呂に入るつもりが、
 昼になったら、3時になったら、とずれ込み、結局入ったのは4時半。
 愛犬の散歩も短距離だけで済ませてしまって可哀想。
 友人たちとの食事会でもあまり話しはせずに聞き手に回る。
 これではいけないと思いつつ、どうする事もできない。
(体調が悪いのによく友達に会う事ができたね。 反動が来るだろうけど、月イチの集まりなので、参加できると良いね。)

・愛犬の病院に無理して行ったからか、帰ると身体がすごく重い。
 起き上がる事もできずに時間だけが過ぎていく。

・今日も特に身体が重い。
 例によって一日中横になって過ごす。
 弟が亡くなる前よりもひどくなっているような気がする。
(これまで気が張っていた物が、遅れて自分の体調に跳ね返って来ているようにも感じるよね。 そうなって当然だし、考えてしまう事が増えたよね。 自分も死にたいと思い、同時に生きなくてはいけない と言う振れ幅が何倍にも大きくなったような感じがする、それだけに苦痛が増したはず。 薬に助けてもらうしかないのかな。)

・甥や伯父が来たので無理をして1階に降りるが、
 あまり長続きせずに夕食を食べたら、2階に戻ってしまった。
 伯父とも話しができなかったし、ダメダメである。

・身体が重くて、1日中2階にいた。
 18時からの大河ドラマも見なかったし、夕食の時以外はずっと2階。
 日に日に身体が重くなってきているような気がするが、
 何か用事があると動く事ができる。
 気持ちの持ちようなのか?
 だとしたら社会復帰もできるのだろうか?
(気持ちの持ちようではないと思う。 社会復帰は出来るとは思うけど、ずっと続けていく事は難しいと思う。 再発しない事、復帰したら一生頑張れるのか? そこが問題だと思う。)

・弟の彼女(亡くなるまで付き合っていた人)とその友達が家に来てくれた。
 弟の携帯に貼られたプリクラのイメージが幼くて
 可愛い感じの子かと思っていたら、とてもしっかりした人で驚いた。
 弟の最後の様子や、死に方、死に場所などの質問はせずに、
 こちらから聞いた事だけに答えるような形になり、とても救われた。
 駅に向う途中の車中で、
 こう聞かれたらこう答えよう、その言い方は間違ってるから
 変えるようになどとやりとりしていたのは、無駄だった。
 前向きで、プラス思考で、弟を上手にサポートしてくれていたらしく、
 弟もこの子にだけは、
 死にたい気持ちや、バイト生活のコンプレックスを話して、
 喧嘩も沢山したようだ。
 何でも話してくれるようになり、彼女も何でも聞いたそうだ。
 誰にも心の闇の部分を言わずに逝ってしまったと思っていたから、
 本当に嬉しかった。
 喧嘩できる相手が一番側にいてくれて、本当に良かった。
 「生まれてきて良かった」と彼女には言ったらしく、
 彼女も「生きてると良い事もあるでしょ?」と言ったそうだ。
 そうか、そう思えたか と力が抜けた。
 彼女達は3時間くらいの滞在で帰る事になった。
 改札口で母が食事代を渡そうとしたが、絶対に受け取らなかった。
 改札口を過ぎた彼女は、友達に背中を叩かれていた。
 振り返る事は無かったが、今まで我慢していた涙を堪えきれなくなった様子。
 僕達家族に迷惑をかけないようにと、泣かないようにしていたなんて・・・・
 弟と同じで気遣いができる子である。
(彼女と話をして弟が最後に色々と救われたことが分かり、自分たち遺族はどれだけ救われたか。 何でも話す事の大切さ、そう言う人たちが周りに僕などよりも沢山いたのに、弟は死を選んでしまったのはどう言う事なのか? 何故そうしてしまったのか?と言う気持ちは一生消えないのかもしれない。)

・今日病院に行くつもりだったが、身体が重くて行かなかった。
 無理して行こうと思えば行けただろうけど、
 コタツで横になっているのが居心地が良くて、明日行く事にした。
 明日行けるかも分からないが、コタツに入っている時は幸せである。
(横になって安静にしているのが一番楽で救われる時間だよね。 誰かと会うことは家族だとして気を遣う。 本当の状態を話さないで元気に振る舞ってしまうから、歪みが出てしまうのだけど、全てを話せば心配をかけることになるし、難しい問題だと思う。 言うべきなんだろうけど。)

・薬が切れたので病院に行ってきた。
 切れてから行ってはいけませんね。
 分かっている。
 分かっているけど、身体が動かないんだからしょうがない。
 今日は何を話そうかと思ったけど、
 ありのままの事を話すしかないなという事になり、
 そのままダラダラと近況を報告。
 死にたい事。でもその衝動は弱い事。
 弟がうらやましい事。残された自分は死ねない事。
 眠い事。
 天井を見てボーっとしているか、弟の事を考えて、後を追えたらと考える事。
 考えはするけど、やる事は無いという事。
 話がループして、頭回ってないと思われただろうけど、
 それが今の状態なのでしょうがない。
 弟がうらやましい と言った時
 「弟さんは地獄に行って、兄貴代わってくれと言ってるかもよ」と、
 笑いながら先生らしい事を言ってくれた。
 ありがたいことです。
 先生のブラックだが何処か憎めなくて、妙に納得する物の例えは、
 いつも僕を救ってくれます。
 薬を弱くすると、意識がハッキリしてきて、
 死にたくなって苦しい気持ちもハッキリしてくるから、
 ボーっとしてる方がいいんじゃなか?と言われる。
 「楽な方がいいです」と答えた。
 あとは、工場などで流れ作業をやると余計な事を考える暇がなくて、
 良いのでは?と言われた。
 短文のブログを毎日更新する事すらできないのに、
 決まった日に外に出て、何時間も仕事をするのは、まだ無理だと思う。
 先生には「考えてみます」とだけ言って、答えを濁した。
 薬は変わりなく
 朝:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
 夜:セルシン2mg、PZC4mg、セレネース3mg、アキネトン1mg
 と同じ物を2回。
 薬の副作用だと思うが、
 ろれつが回らなかったり、口の周りがヒクヒクと痙攣して麻痺したり、
 涎が垂れている事に気付かなかったりする。
 基本、家で寝ているだけなので、特に問題なしかな?

・弟の元彼女から8月の日曜に墓参りに行きたいという話が来た。
 8月が近づいてきたら話を進めようと返事を返す。
 先日は辛くて仕事を早退したとも書いてあった。
 毎日泣いているそうだ。
 お母さんにも全て話しをしているようで、その点では安心した。
 もう百か日になったが、
 自分ですら弟を許したり、怒ったり、喪失感だったり揺れているのだから、
 彼女にもしばらくは辛いだろうと思うと返した。
 辛いだろうけど自分を責めるのはやめるようにとだけ
 アドバイスさせてもらった。
 それから一人で考え込まないで、お母さんの力を借りるようにと送った。
(遺族も辛いが、一番側に最後までいた彼女の辛さは相当なものだろう。 恋人に自殺された人が再び交際しようと思える日が来るのか? 結婚はできるのか? 心配だが彼女には幸せになってもらいたい。 弟は馬鹿野郎だ。)

・今日はコタツで横になるがあまり眠れない。
 弟の事をずっと考えていた。
 考える事はいつもと同じ事。
 自分も楽になりたい事や、なぜ弟は死んでしまったのか?など、
 考えてもしょうがない事ばかり頭に浮かんでくる。

・下あごが痙攣していて、歯がガチガチいうような状態。
 震えは少しだが、気になる。
 また唇の感覚も鈍っていて、涎が垂れている事に気付けない。
 これでも相性の良い薬を処方されているんだし、
 死ぬよりはボーっとさせて頭を回らなくさせる方がマシという考えだから、
 この薬を飲み続けるしかない。
 今悪い波に飲まれるわけにはいかないので、仕方なく薬を飲んでいる。
(今の状態でも十分に悪いと思う。 悪い波が早く去ってくれる事を待つしかないのだろうか? いつそれはやってくるのか? ずっとこのままなのではないか?と考えてしまったよね。 必ず体調は良くなるから心を穏やかに保って、ゆっくり休んで。)

・朝起きるのが辛かったが、それは毎日の事。
 今朝は7時起きで8時までコタツで粘ったが、しょうがないので、風呂に入る。
 薬を今日は飲み忘れてしまったが、今のところ何ともない。
 副作用はきっちりと出ていて、顎の痙攣が治まらない。
 隣にいる友人に歯がカタカタ言う音が聞こえてしまうのでは?と思い、
 ヒヤヒヤした。
 喉仏と顎の先端の間の皮もヒクヒクと麻痺して、
 手で押さえて誤魔化したし、ろれつが回らない。
 母と父、姉にはその話をしたが、薬を変えるつもりは無い。
 先生も同じ事を考えるだろうが、
 今相性の良い薬を変えるデメリットの方が大きいように思う。
 眠くなって寝てしまうのは、死ぬよりは寝ていたほうが良いという
 先生の考え方に賛同し、それでいいと思う。

・身体が重く、日記も翌日書いているような状態。
 とにかく起きていて、座っているだけでもしんどい。
 今日は薬を飲むのを忘れたので、
 明日からまたちゃんと飲むようにしたいと思う。
(全てが後手後手に回る毎日。 でも続けていられるだけでも結構すごいことなんじゃないかな。 辛くても薬は飲むべき、今薬をやめたら自分も弟の後を追う最悪の行動に出かねない。 辛いけど耐えてくれ。)

・今日は身体が軽く、愛犬の散歩で遠くの消防署近くを回ったり、
 1階に少し長くいる事ができた。
 ろれつが回らないや、涎が垂れる事も無くなってきていて、
 副作用が弱まっているように感じる。
(副作用が弱まって来ていると言うより、この日は体調が良かったと言うだけかもしれないから、楽観視はしないほうが良いかと思う。 期待をすると裏切られる病気。 客観的に冷静に、辛抱強く回復していこう。)


今日も畦道通信に来てくれてありがとう。