僕とうつ&統失 闘病記 2018.12.08 入院48日目 退院の日

深夜2時半、目が覚めてしまう。
本日10時に退院なのだが、昨日母が珍しく面会に来なかったので、少し心配ではある。
最悪歩いて帰宅すればよいかと思っているが、一人だと退院もできないのか?
迎えは来ると言う事で準備を進める。

相変わらず左手がカタカタと震える。
頬杖を付いていると、震えて困る。
若干体が重いが、問題は無いだろう。

退院をして、姉に会ってから家に帰ろうかと思ったのだが、会ったら「おめでとう」って言われて驚いた。
確かに自分の周りで退院する人がいたら、そう言うだろうと思うんだが、自分が退院する時はそういう言われるだろう感が全く無くて、ただただ病棟から外に出たかったんだって、やっと客観的に見れたんだよね。

どれだけ心配と迷惑をかけて入院をしていたのか、やっと実感となって重く受け止めたのでありました。

自宅に一人帰り、自室に移動して、眠らなかったのだけど、この日の記憶はあまり無い。
何だろうね、舞い上がってしまっていたのかな?
落ち込んではいなかったはずだけれど。

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僕とうつ&統失 闘病記 2018.12.07 入院47日目 退院前日の深夜に目が覚めて

眠れない。
ここ最近体調が良い反面、夜は眠れなくて困る。
起きているには寒いし、やる事は無い。
Macちゃんは健在だけれども、バッテリーも弱ってきているから、朝までもたない。
DTMの練習などはバッテリーを食う最もたるもので、1時間でバッテリーが空になる。
どれだけ負荷かけてるねんって話ですが、MacちゃんにはドSの僕でも、入院中は労ってあげます。
DTMを勉強したいけれども、イヤフォンも無いし、バッテリーが持たないならば、我慢するしか無いですな。

退院を明日に控え、気が引き締まってきている。
ここを出てからが本当の戦いの始まりだからである。
部屋の片付けなどかなり忙しくなるし、仕事を辞めるまでは精神が追い込まれるかもしれない。
何とか辞めさせないように、ああ言えばこう言うで、うまく踏みとどまらせようとするかもしれないが、
強い意志を持って辞めると言い続けないといけない。
いい人になる必要は無いが、同じ市内で今後も生活するわけだし、穏便に円満に辞められるようにはしたい。

早朝から目が覚めてしまったが、Queenを聴いてリラックスして朝食を待つ。
今日の昼はカレーが出るらしい、カレー好きとしてはうれしい献立である。
朝はもう何回出てきたかわからない、がっかりメニューのシーフードハンバーグ。
明らかにレトルト、明らかにがっかり。

15時過ぎに主治医が明日は居ないからと部屋まで挨拶に来てくれた。
問題なく明日10時に退院できそうである。
いよいよという感じがある。
ここまで長かった。

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僕とうつ&統失 闘病記 2018.12.05 入院45日目 こうありたいと思う退院後の生活

昼間眠っていないのに眠れない。
昼間眠る時は、夜だって眠くて眠れるのに、昼間眠れない日は夜も眠れない。
やはり何か病的な理由があるのだろう。
深夜4時に目が覚めて、仕方ないのでこうして闘病記を書いている。

退院の日が近づいてきて、いよいよ活動を再開できるとワクワクしている。
何もさせてくれなくて、精神的には追い詰められたけれども、病気の症状は日に日に良くなってきた入院生活。
それも終わるという事。
ここに来るのが嫌だったら、きちんと薬を飲み、月一の注射を打ちに来る必要がある。
閉鎖病棟も辛かったが、入院前の頭の中がぐちゃぐちゃにされる感覚は相当に辛いので、
あれは2度とごめんである。

また、仕事に行けなくて、本日休暇をいただきたいと電話する事も何かが怖くて出来ず、とても精神的に良くないので、
仕事はしばらくセーブするつもりだ。
とりあえずは、外泊の時もそうだったが、食事を作る手伝い、食後の食器洗いをしつつ、日中は家の掃除が出来ればいいかなと思っている。
一人暮らしをしても何も変わってないという事が無いように、しっかりと動きたいと思っている。

可能ならば早朝の散歩をしたいと思うが、季節的にも寒くてしんどいので、気が向いたらにしようと思う。
1日の活動時間は、5時半起床、6時朝食、7時行けたら散歩、7時半日記記入(ニュースなど)、8時DTM(お勉強)となると思う。
その後は集中力と体調を見てという感じ。

起きる時間からして夜は24時半には眠るようにしないといけない。
病棟にいる時よりも、きっちり動かないといけない。
朝日を浴びるのはとても良い事だと言われるのが嫌だったのですが、最近はその通りだと思うようにようやくなった。
散歩に行けないとしても、カーテンを開けて外の空気を入れるくらいの事はしたいとは思っている。

思うだけはしっかりしているような・・・

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僕とうつ&統失 闘病記 2018.12.04 入院44日目 本人も、家族も、友達にも自分の人生を楽しんでほしい

身体は重くはないが、気持ちが滅入ってしまっている。
同級生で看護師の〇〇ちゃんが部屋に来てくれて話をする。
最近部屋にこもりっぱなしだが、体調が悪いのか?という事だったが、その通りだと伝える。
色々とあるだろうが、そのほとんどが病気が原因。 だから自分を責めないようにと言ってくれた。
有難い。
健常者には理解できない事なんだろうけど、気持ちの問題、誰だって頑張っているのだ、死ぬ気になれば何だったできるはず、って言う古い根性論を持っている人が未だに多い。
肺だの肝臓だの、そういう臓器の異常は自分がなった事がなくとも、大変ですねぇ〜って理解したような事を言っているのに対し、頭の中の病気は全く理解されていない。
同じ脳という臓器が異常をきたしていると言うのに。

きっと、根性論を言う人は、22世紀になってもいなくなることはないのだろうけれども、
仕事でもプライベートでも人付き合いをいい加減で良いと思っているようなズボラな人は、精神病になんてならない。
生真面目で頑張ってしまう人、気遣いをする人が病気になる。
育てられた環境の影響はゼロではないだろう。
それで苦悩するご両親もたくさんいる。
でも本人の性格や価値観によるものが大きいと思う。
性格だってある程度遺伝するという事はあるけれど、もしお子さんが病気で苦しんでいても、ご両親は自分を責める必要はないと思います。
ご両親にも、本人にも、自分の人生があり、理解、協力は素晴らしいですが、お互いが重荷になってしまってはいけません。
理解ある人だけで周りを固める事は無理でしょうけど、少しでもそういう考えが広まってくれる事を願います。
 
退院が12月8日(土)に決定した。
先生も部屋にやってきて話をした事なので確実である。
減薬をして調子をみてから退院としたかったようだが、入院費もバカにならないので、通院しながら減薬をしていく事になった。
薬を止めるタイミングは、何かにトライしてみて、それが軌道に乗ったらという事なので、重い。
重いだろそれ(笑)
小さな事でも良いので、何かを始めて様子を見てと言う事だが、小さな事がとてつもなく大きく感じる。
まぁ、何か考えます。
 
母が面会に来てくれたので、8日の10時退院だと決める。
本当に退院なんだなと実感があるような無いような。
紅葉はもう終わってしまっているようである。
それでもやはり外は良い!
元気になれば、もっと人生を楽しめるはず。

ごちゃごちゃ考えて、がんじがらめになって参ってしまうのが僕の性格。
理屈など後から付いてきやがれって事なのかもしれない。
色々と悪い事も考えてしまうけれども、そこを何とかプラスに持っていけるように強くなりたい。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。

僕とうつ&統失 闘病記 2018.12.03 入院43日目 風呂にて人生を考える

今日も身体が重い。
朝からずっと横になって過ごす。
入浴の日だったのだが、ドアをノックされて「お風呂どうぞ」と言われたくない。
動くのがキツイからである。
それでも声は遠慮なくかかってきて、動くまでに時間がかかり、もう無理かと思ったが、風呂は入らないわけにもいかないので何とか入る。

お爺ちゃん達がキビキビと身体を洗っている姿と自分を比べてしまい落ち込む。
生きるとはどういう事なのかを考える。
何だか集団で風呂に入る事は、生きる事について考えさせられる。
お爺ちゃん達の身体を見ては、何十年後かにはああいう身体になっているだろうとか。
自力で立てない人が抱えられて風呂場に連れてこられる様子は、色々と考えてしまう。
一番考えてしまうのは、普通に身体を洗っている元気な老人の姿だ。
自分はそこまでキビキビと洗えないし、何か人生について、生きる事について考えてしまう。
湯船に浸かっても、他の爺さんが洗っている様子ばかり見てしまう。

ため息を心の中でついて、ゆっくり呼吸をする。
体は芯から温まり、自分なりの充電が完了したら、着替えて部屋に戻る。
体を洗って、ぱりっとした格好をして、、、何か変わったのだろうか?
風呂に入ったと言うのに、リフレッシュできなくて、ウジウジ考えている自分は何なんだろう?
 
風呂から出ても、拘束されている男性が叫んでいる声がずっと聞こえ、
自分たちは看護師さんを困らせるだけの存在なのでは?と考えてしまう。
看護師さん達はどうしてこの職業を選んだのだろう?
大変な仕事だし、困った人たちばかりの対応に追われ、お金ではない何か使命感があるのではないか?
そういう物が自分には無いように感じる。
これがあるから頑張れるという物が無いように感じる。

風呂に入る度にこんなに落ち込んでいたら、やっていけないのですが、今日はそう考えちゃったよね。

今日も畦道通信に来てくれてありがとう。